第28話 恋をした
この話は友里の過去編になります。
―――
小学1年生の時の私には、友達が1人もいなかった。
皆から根暗と呼ばれていたし、自分の顔に自信が持てなかった。
今思うと自己肯定感が無かった気がする。そのせいで、上手く周囲と打ち解けず、ずっと1人だった。
皆が教室で笑っている時、私は笑えなかった。
皆が楽しそうに話している時、私は机でずっと本を読んでいた。
皆が遊んでいる時、私はずっと1人だった。
誰とも話さず、誰とも遊ばず、誰とも仲良くならず。
そんな私に皆はこうあだ名を付けた。
『もさもさ頭の口なし女』
髪の毛はぼさぼさしていて、一切喋らない。
それが原因でこんなあだ名がついてしまった。
いつも笑われ者にされ、侮辱される。そんな毎日が嫌になり、親に学校なんて行きたくない主旨を伝えた結果。
私は1年生の春休みに引っ越しをすることになった。
他の学校だったら自分を受け入れてくれるかもしれない。
そんな希望が私の胸の中にあった。
2年生になったら何か変わるかもしれない。
早く違う学校に行きたい。
そう思いながら日々を過ごし、2週間後に転校が迫った時。
私の運命を大きく変える出会いがあった。
春休み中は時間が沢山あったので、暇つぶしに公園で1人絵を描いていると。
「ねぇねぇ! 君1人で何しているの⁉」
ある男の子が話しかけて来てくれた。
「え……? あ、あの君は……?」
いきなり話しかけられた私は、戸惑いつつもそう聞き返した。
「俺は涼って言うんだ! お母さんとお父さんの事情で昨日ここら辺に引っ越してきたんだ!」
その時の男の目はどこかキラキラしていた。
これからの新しい出会いと生活。この2つにワクワクしていることが分かる程、目が光り輝いていた。
当時の私とはまるで正反対。まるで光と闇みたいだった。
「そ、そうなんだね……。でも私に話しかけない方がいいよ……第一小学校の皆からは『もさもさ頭の口なし女』って言われているし」
確か私はこんな言葉を言った気がする。
どうせ私みたいな底辺の人間と関わっていたって、良いことなんてない。
そのことを男の子に分かってもらおうと思った。
でも、そう思い通りにはならなかった。
「えぇっ⁉ 君第一小学校なの⁉ 俺2年生になったらそこに通うんだ!」
「……え⁉」
凄くビックリしたことを今でもしっかり覚えている。
私と入れ替わるように、男の子は第一小学校に転校してきたのだ。
「よかったー。早速新しい友達ができたよ! 嬉しいな!」
「あ、待って。その私ね。この春休みが終わったら別の学校に転校するの……。だから君とは通えない」
「えっ⁉ そうなの⁉」
「うん……」
例え同じ学校に通えたとしても、私と彼は光と闇。
交わることはない。同じグループに属せるはずがない。
「そっかー。それは残念だなー」
この言葉を聞いた時、私はちょっとばかり安心した。
新しく学校に通うこの男の子の評価を、私が原因で下げたくなかったからだ。
こんな私と一緒にいたら、この子にまで迷惑がかかる。
だからもう私のことなんて無視して、他の友達を作って欲しかった。
あの時の私はそう思っていたのだが……。
「じゃあさ! 転校するまで俺と一緒に遊ぼうよ!」
男の子の口から信じられない言葉が飛び出てきた。
「わ、私と一緒にいても楽しくないよ! それに他の皆に私と一緒にいる所を見られたら、一杯悪口言われちゃうよ!」
初めて遊ぼうと言われ、内心とても嬉しかったことを今でも覚えている。
でもそれと同時に、真っ黒い雲が心を覆ったことも覚えている。
どうせ私と一緒にいたって……。
ネガティブだった私だが、それでも男の子は気持ちを曲げなかった。
「別にそんなこと俺は気にしないよ! 1人ボッチは辛いしつまらないじゃん! 俺と一緒に絵を描いたりして遊ぼうよ!」
その時の男の子の目は、どこか私を救ってくれる王子様の様に見えてしまった。
真っすぐで嘘偽りが一切ない。目を見ただけですぐに分かった。
最初は断ろうと思った。私のせいでこの男の子の評価を下げたくなかったし。
でも、何となくだけど。
『この子と一緒にいたい』
そう思った私は、勇気を振り絞ってこう聞いた。
「あ、あのお名前って……」
勇気を絞った割には随分と小さい声だったけど、それでもしっかりと男の子は返事をしてくれた。
「俺は涼って言うんだ!」
「う、うん! 私は友里!」
「友里って言うのか! よろしく!」
こうして、転校間近の私に初めての友達ができた。
涼と私が一緒にいられる期間はたったの2週間。
でも、そんなこと一切気にせず、私達はほぼ毎日遊んだ。
「なー友里! あの山ちょっと登ってみようよ!」
ある日は一緒に山登りをした。
「おおー! こんな所に川があるぞ友里! すげー!」
ある日は一緒に町の探検に行った。
「友里ー! 一緒にゲームしよう!」
ある日は公園でゲームをして遊んだ。
とにかく涼は毎日全力だった。 毎日本当に楽しそうだった。
私と一緒にいても、ずっと笑っていた。
最初は不思議に思っていたけど、段々と……。
私も笑うようになった。
ずっと1人だったから知らなかった。誰かと一緒にいることがこんなにも楽しいなんて。
こんな日が毎日続けばいいのにな……。当時1年生だった私は切に思っていた。
だけど、時間の流れは私の気持ちなど一切聞いてくれなかった。
あれだけ楽しかった日々も、とうとう終わりを迎えた。
「そっかー。友里は明日に引っ越しちゃうのか。せっかく仲良くなれたのになー」
いつも集合場所にしていた小さな公園で、涼は空を見上げながらそう呟いた。
「ごめんね涼君。私達はもう一緒に遊べない。今日で最後になる」
「こればかりはどうしようもないしなー。じゃあ友里。ちょっと行きたい場所があるから付き合ってくれ」
「え? 行きたい場所?」
「おう! ちょっと来てくれ!」
そう言うと、涼は私の手を強く握りしめ、走り出した。
どこに向かうのかも言わず、目的地も分からない。
でも涼と一緒にいられるなら、私は何処へ行っても楽しめる気がする。
公園を出てから20分ぐらいが経ち、私達はとある山道を登っていた。ただ前来た時とは違う道だった。人気が少なくてどこか不思議な雰囲気が漂っていた。
そう思っていると、山道を登っていた涼の足が突然止まった。
「やっと着いた! 友里こっちだ! 俺について来い!」
涼は私を置いて1人思い切り走り出した。
「あ、待ってよ涼!」
無我夢中で走り出し、必死で涼の後を追う。
やっぱり男の子の足は速く、追い付くのに少し時間がかかってしまったのだが。
山道を抜け、とある広場へと出た途端。
私は目の前に広がる光景に思わず息を止めてしまった。
「どうだ友里! すっげぇーだろ!」
今私の目の前には……。
春の訪れを感じた沢山の花が辺り一面に咲き開いていた。
ナノハナや芝桜、ムラサキナナなどなど、春を代表するいくつもの花が沢山咲いていた。
風が吹くたびに甘い蜜の香りと花束が無数に舞う。
幻想的な光景だったっと今でも覚えている。
本当に綺麗だった。
「す、すごい。本当に凄いよ!」
「だろ! 前山登りしただろ? それを駄菓子屋のおじちゃんに言ったら、この場所を教えてくれたんだ! お別れの日は、この景色を友里に見せようと決めていたんだ!」
そうか。だから無理やりにでも私をここまで連れて来てくれたんだね。
「あ、ありがとう涼。すっごく嬉しい!」
「そりゃ何よりだ! にしししし!」
涼の笑いにつられ、私も思い切り笑った。
もう一緒に笑い合えることなんてこの先ないと思ったから、精一杯声を出した。
息ができないぐらい笑い合った。
お互い十分に笑い終えると、涼は私の足元を見つめこう言って来た。
「あれ? 友里の足の下に咲いてるのって四葉のクローバーじゃない?」
「え? あ、本当だ!」
目線をしてにしてみると、綺麗な形をした四葉のクローバーが咲いていた。涼が言わなかったら、気が付かずに踏むところだった。
「運が良いな友里!」
涼は私のすぐそばまで近づき、四葉のクローバーを引っこ抜いた。
「ほら、記念に持っておけよ。最後の思い出としてさ!」
涼は私の手を掴み、そっと四つ葉のクローバーを渡した。
断る理由なんてなかった私は、クローバーをそのまま手の中に優しく包み込む。
「うん。大切にする。ここでの思い出は絶対に忘れないよ」
「うん。俺も忘れない。あ、そうだ友里。言いたいことがあるんだ」
涼は何か思い出したかのように、涼は話を唐突に切り替えた。
「う、うん。どうしたの?」
疑問に思い、私は聞き返す。
一体何を言われるのか皆目見当などつかなかった。
不思議そうに見つめる私に対し、涼はすーっと深呼吸した後。
こう言いだしだ。
「友里。お前はもっと自信を持って良いんだぞ! お前はすげぇー可愛んだし一緒にいてすごく楽しかった。だから自分なんてダメな奴ってもう思っちゃだめだぞ?」
涼の口から信じられない言葉が飛び出てきた。
私のことを『可愛い』だなんて。
学校の皆からはもさもさ頭の口なし女と言われていたから、自分の容姿に何て全く自信が持てなかった。
それに異性からそんな言葉を、一度も言われたことなどなかった。
「う、嘘じゃない? 私はそ、その……。可愛いの?」
「うん! もっと明るく振る舞えば、すげぇ―モテるぞ! もっと可愛くなるはずだ! 俺が言うんだから間違いはない!」
「あ、ありがとうぅ……。す、凄く嬉しい」
この時の私は、きっと真っ赤な林檎の様に赤くなっていたに違いない。
今でもあの時の喜びを覚えている。
どうせ自分なんて……。
いつもそんな否定的なことばかり考えていたけど、涼のこの言葉が私を変えてくれた。
初めて、自分に自信が持てるようになった。
だからかな、こんな約束を急に言い出したのは。
「そ、その涼! 次会う時まで私もっとオシャレになってるから! もっと可愛くなってるから! だから……。そ、その……。次会った時も仲良くして欲しい。また遊んで欲しい……」
ギュッと目をつぶりながら、私は勇気をありったけ振り絞った。
断られたらどうしよう?
嫌だと言われたらどうしよう?
いつもならそう考えていたけど、頑張って勇気を出した。精一杯出した。
今伝えないと、絶対に後悔する。
その想いが私の心を動かしたのだ。
「何言ってんだよ、友里。俺達はもう友達だろ? 次会った時も、その次会った時も、一緒に遊ぼうぜ! 友里がもっと可愛くなった姿、俺楽しみにしてる!」
「う、うん!」
風が吹き、草花が揺れる中。
私と涼は小指を結び合い、約束をした。
一体いつまた会えるかなんて分からない。
それでも涼と偶然再会した時にとびっきりオシャレになった自分を見せたい。
とびっきり可愛くなった自分を見せたい。
自信を持った自分を見せたい。
そう強く思った。
今考えると、これが初めてかもしれない。
こんなにも誰かを強く好きになったのは……。
だけどこの後。
私と涼の元に悲劇が訪れる。
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