異世界へとたどり着く 02

「はぁっ、はぁっ、もう、逃げられないぞ」

 白い光を追いかけて、楓は屋上まで非常階段を駆け上がっていた。日頃の運動不足がたたり、肩で息をする。その状態で徐々に白い光ににじり寄る。

「そこから、動くなよ……」

 白い光は屋上の端にいて、今にも書類が風で吹き飛ばされそうになっていた。その緊張感と、階段を駆け上がったことにより、楓の内はドキドキとハラハラで入り乱れていた。


「…………」

 まるで楓をじっと見ているように白い光はそこに佇んでいる。楓は恐る恐る近づいた。今の今まで、白い光は危害を加えるような行動はしていなかったが、自ら近づくとなると恐怖心が蘇る。

「よし、そのまま…………、あれ」

 書類に手を伸ばした瞬間、楓は何かを感じ取った。

「この匂い……」


 白い光に近づく事で初めて気づいた。自分の知ってる匂いがしていると。そして楓は、その匂いが何なのかを知っていた。

「この匂いって……、うわ!!」

 楓が感じ取った匂いの正体を口にしようとした時、白い光は猛烈に輝き出した。

「何がどうなって急に……」

 目を開けられなくなる程、まばゆい白の光は、どんどん辺りも真っ白に染め上げていく。


「流石に引き返すべきか……」

 楓は後方にあるビルの中に戻るための扉を目指して、後ろに足を下げた。その瞬間、楓は落ちた。

「ああああああああぁぁぁっ!!」

 あったはずの屋上の床は何故かそこには無かった。落ちゆく中で楓は目を開いた。視界には真っ白な世界が広がっているだけで何も得る情報は無い。

「ああああぁぁ…………あぁ……」

 そして楓は気を失った。身一つで落ちていく感覚は、反射的に自分は死ぬと分かり、意識を無意識に手放した。





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「……んっ……あれ、生きてる……のか?」

 目が覚めた楓は自分の生死を口にした。仰向けの状態だったので、上半身だけを起こしてみる。

「もしかして朝か?まずい、仕事終わってないぞ……って、え……?」

 上半身を起こした楓は目の前の光景に驚いた。そこには、オフィス街とは真逆の生き生きとした自然が広がる森があった。


「んーと、夢……なのか?……痛い……」

 軽く自分の頬をつねり、夢と現実の区別を図る。

「夢、じゃなさそうだな……」

 いつの間に自分に来たのかを考え出した時、楓の右方向にある草むらが音を立てて揺れた。

「犬か猫かな。人ならここがどこか聞けるんだけどな……。あのー、そこに誰かいますか?」


 現状を知るべく、草むらの向こうにいる誰かには話しかけた。すると、その呼び掛けに反応したのか、草むらは大きく揺れて、その姿をあらわにした。

「きゅっ?」

 草むらから小熊のような生き物が顔を出した。楓は予想外のことに、その小熊と目をバッチリ合わせた。


「……やぁ元気か?」

 英語の例文を直訳したような挨拶を小熊にした。楓自身、目の前にいるのは小熊だが、熊を相手にした対処法が分からず、テンパってしまっていた。

「…………」

 楓の挨拶はスルーされ、数秒間の沈黙が続いた。楓はすくっと立ち上がり、その場から立ち去ろうとした。

「ぐるるるっ。ガウっ!ガウガウ!!」


 楓の行動がお気に召さなかったのか、小熊は楓に向けて威嚇をした。

「なんか、犬みたいな熊だな……」

 小熊は草むらから顔を出した状態のまま威嚇をしているので、楓は驚きも、怖がりもしなかった。

「バウッ!バウバウバウバウッ!!」

「分かった分かった。どっか行くから、あんまりそう吠えるな」


 そう言いながら小熊に背を向けた。その瞬間、ドシンッ、ドシンッ、と足音が聞こえてきた。楓は反射的に振り返る。

「まさか……」

 その足音は次第に大きくなっていく。それは足音を立てる張本人がこちらに近づいてくることを示した。

「ガァッ?」

 小熊の後ろから巨体な熊が現れた。熊の額には月のような模様があり、よく見れば小熊にも小さく月の模様があった。


「マジか……」

 楓と現れた熊の視線がぶつかり合った。一秒にも満たない時間の中で、楓は行動した。

「逃げるしかないっ!!」

「ガァァァァッ!!!」

 走り出した楓に反応した熊は、高らかに咆哮すると、楓を追いかけだした。

「さっきまで階段登ってたのにぃ!!」

 全速力で走る楓は今日の自分の不運さを呪った。

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