メランジェリンク

徒花 結

異世界へとたどり着く 01

 オフィス街のとあるビルのとあるオフィスで、デスクに積まれた書類の一枚を手にし、パソコンの画面と照らし合わせる作業を投げ出しそうになりながらも上から下まで目を通した越宮えつみや かえではその疲労を口にする。

「…………はぁーっ、しんど……」

 両目を抑えながら、天を仰ぐ。少しでも目の疲れが取れればいいな、という願望から出た行動だった。


「越宮先輩。こっち終わりましたよ」

 フレッシュな顔つきで楓に話しかけたのは、一人の男性。真新しいスーツを身にまとい、ハツラツとした顔に、楓はいささか眩しさを感じた。

「お、早いな。さすが期待の新人、山鳴やまなり君だな」

「そんなそんな、これくらい大した事ないですよ」


 謙遜をしながらも、どこか嬉しそうに山鳴 隆也たかやは笑った。

「他にも仕事ありますか?」

 仕事が欲しい、なんて気持ちがあることに楓はより一層、隆也のことをどこか羨ましそうに思っていた。

「あーっ、仕事は山のようにあるんだがな。今日はもう遅いだろ?」


 楓は時計へと誘導して、隆也に時刻を知らせる。時刻は既に、21時を回っていた。

「いえ、まだまだやれます!」

「やる気満々だな。こっちとしてはありがたいけど、明日新人研修があるだろ?こっちとしてはありがたいけど、流石にこれ以上は残ってると明日に響く。今日はもう帰りな」


 楓に言われて隆也はハッとした表情になった。新人研修のことを忘れていたようで、慌てだした。

「あっ!そうでした!!完全に忘れてました!」

 自分の荷物をバタバタとまとめ始めた隆也を見て、楓は自分の仕事を再開させようとした。

「あのー、」


「どうしたんだ?」

 申し訳なさそうに隆也は楓に駆け寄る。

「先輩はまだ帰らないんですか?」

 デスクの上にどっさり乗っている書類を見て、隆也は流石に今日一日でやる作業ではないと予想していた。

「あー、俺はいいんだ。まだ仕事やってくから。山鳴は気にしないで帰った帰った。明日に響くぞ?」

「でも……」


 仕事をした状態で先輩を残して帰ることに、申し訳なさを感じた隆也は、帰ろうとしない。そんな隆也を見て、楓は腰を上げて、隆也の背中を押した。

「いいからいいから。新人は先輩の言うことを聞くもんだぞ」

 楓に押されながら隆也はオフィスから出された。

「……分かりました。研修もあるので、今日は帰ります。終わったらまた、先輩のお手伝いさせて下さい!」


「あぁ。研修が終わったらな。また色々と頼むわ」

 隆也はその場で一礼して、帰り出した。ふーっ、と楓は息を吐いてから、自分のデスクに戻った。オフィスに残ったのは楓だけだった。

「さぁて、今日もサビ残だな。ま、慣れたもんだけどな」

 一人呟いた言葉に、返す者はいない。そんな時、楓の後方に何か気配を感じた。


「ん?山鳴か?忘れもんでもしたのかな」

 気配を感じた場所は、先程隆也と別れを交わしたオフィスの外にある通路だった。通路に顔だけを出して見渡してみる。そこには、真っ暗な給湯室と、エレベーターが一階にいることを示すライトが点灯しているだけで、人がいるような気配は無かった。


「んー、気のせいだったかな……」

 不思議に思いながらも、楓は仕事に戻ろうとオフィスへと振り返った。そこで自分が感じた気配が気のせいではない事に理解した。

「……ゆ、幽霊?」

 白い光の塊が、オフィスの中をゆっくりと巡回していた。その光は人の形をしていたが、まるで生気を感じない存在のため、楓も迂闊に行動出来ないでいた。


「どうしよう……、これって上に報告した方がいいのか?……嫌、でもなんて……」

 オフィスに幽霊が出ました、なんてストレートに言うつもりは毛頭無かったが、別の言い回しがすぐに出ないため、楓は動けないまま、頭をフル回転させようとしていた。

 その時、白い光は楓のデスクに止まった。

「なんだ?貴重な物は持ってないぞ……」

 白い光は数秒間、その場に留まり続けた。


「……ごくり……」

 何もしないでくれ、と、願いながら楓は白い光の動向を見守った。しかし、そんな楓の願いを嘲笑うかのように、白い光はデスクに積まれた書類を、ふわりと空中に舞わせ、まるで身に纏うようにしていた。

「……は?」

 呆気に取られた楓の口からは、素直な気持ちが飛び出していた。そして、白い光は書類を見に纏わせた状態で、オフィスから通路へ飛び出した。


 目の前で起きていたことの理解が追いついていなかったが、楓はすぐに正気に戻り、白い光を追いかけた。

「その書類は明日使う原本なんだよ!返せぇぇ!!」

 白い光は非常階段の方へと向かった。楓も我を忘れて、白い光を追った。先程まであったはずの恐怖心はいつの間にか消え失せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る