第18話 体調不良と本心と
「ごめん……熱でちゃった……」
その日の晩、旅館の人が読まなくてもいい空気を読んで隣に敷いた布団に横たわる雪菜の顔は火照っていた。
「とりあえず、外行って何か買ってくる」
「無理しなくていいよ……?」
浅い呼吸で苦しそうに雪菜は言った。
「無理してたのは雪菜だろ?」
おそらく慣れない生活に疲れていたのだろう。
かく言う俺も疲労がないと言えば嘘になる、
気丈なのか雪菜はそれを口にも態度にも出していなかった。
「気付いてやれなくてごめんな」
雪菜が認めるか認めないかはさておき、これでも俺は義兄のつもりでいる。
義妹の我慢していることや不調に気づいてられなかったのは、失態という他ない。
晩御飯の頃くらいから言葉数が減って熱っぽくなっているような気がしたが、その前のこともあったし本人もそのせいだと言っていたからそれ以上、訊くことはしなかったのだ。
「行ってくる」
財布をポケットに突っこんで部屋を出ると受付にいたらしい女将さんが声をかけてきた。
「こんな時間に外出?」
「雪菜が熱出しちゃったみたいで、コンビニで色々買ってこようかなと」
近くのコンビニはスマホで調べれたところ、案外近くにあったのは確認済み。
「大変じゃない!!氷枕は私の方で用意しておくわ!!」
「ありがとうございます」
そんな調子で女将さんは協力的だった。
買い物を済ませて戻ると、接客業だしもしものことがあると困るから手渡になっちゃうけどごめんね」
女将さんは申し訳なさそうにいうと袋に入った氷枕を渡してくれた。
「いえいえ、ここまでしていただけてありがたいです」
受け取った氷枕をもって急いで部屋へと戻った。
「待たせた」
そっと開けた和室の襖の向こうで雪菜は
「せっかくの旅行だったのに……ごめんね……ごめんね……」
と掠れた声で謝り続けていた。
「気にするな。新生活始めてすぐだから色々と無理があったんだよ」
そっと雪菜の頭部を持ち上げて氷枕をセッティング、ついでに水に濡らして絞ったタオルをそっと額の上に乗せた。
湯呑みに白湯を用意して市販の薬と一緒においた。
「他にできることはあるか?」
思いつく限りのことはした、でも当人でしか分からないこともあるだろうからと尋ねると雪菜は
「手を握ってそばにいて」
と予想もしないことを言った。
「お、おう……」
多少の気恥しさはありつつも差し出された手を握ると、熱があるからか暖かかった。
「今日はもう寝ちまえ」
「そうする……」
そう答えた雪菜はどういうわけか、顔を背けていた。
それでも手はギュッと握られたままだった。
◆❖◇◇❖◆
「お世話になりました」
「また来てね〜」
翌朝、雪菜の体調が一晩で全快するはずもなく、俺たちは帰ることにした。
女将さんに見送られながら、店を後にした俺の少し後をコートの袖を摘んで歩く雪菜は俯いていた。
「どうした?」
体調のこともあるし、心配して尋ねると
「その、昨日は体調悪くて甘えちゃっただけなんだからね……?」
どこか歯切れの悪い口調でそう言ってきた。
ふと思い出したのは朝の光景だった。
気づけば雪菜の手を握ったまま眠っていたらしく隣には雪菜の寝顔があったのだ。
寝顔も可愛いのかよ、と思ってしばらく見入っていたのは俺の過ち。
俺が身体を起こしたことで目覚めてしまったのか、目覚めた雪菜と目が合ってしまったのだ。
「わ、悪い……」
「私も……手を繋いだまま寝ちゃってごめん……」
言われて気付けば、どういうわけか雪菜と手を繋いだままだった。
恥ずかしくなって慌てて手を離すのが雪菜と同タイミングだった。
「そうなのか?」
いつもああなのか?とは流石に訊けない。
「本当に分かってる?」
「はいはい、分かったよ」
そう言って覗き込んでくる雪菜を適当にあしらいつつ特急券を払い戻して、券売機で帰りの分の特急券を購入した。
「本当に帰っちゃうの?」
残念そうに言った雪菜に
「雪菜に何かある方が困るからな。それにまた来ればいいだろう?」
何も考えずに、ふと出たその言葉に驚きつつ
「い、今のは言葉の綾ってやつで―――」
慌てて訂正しようとすると雪菜は笑顔で
「また来ようね!!」
そう言って来たのだった―――――。
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