真夜中、考える

御影イズミ

私にしか解決できませんから

「…………」


 世界と世界をつなぐ世界ガルムレイ。その世界から別の異世界へのゲートを使うため、彼は現在ロウン国へと向かう船に乗っていた。

 彼の足元周辺ではイズミ・キサラギ、フォンテ・アル・フェブル、ジャック・ノエル・ウィンターズ、如月和泉、木々水サライ、霧水砕牙、鷺来瑞毅の7人が無造作に寝転がり、各々眠りについている。

 時刻は既に真夜中。本来ならば生物は眠りにつく時間だと言うのに、彼は今もなお起き続けては考え込んでいた。


(敵はどうやって、ガルムレイの力を持つ者に干渉してくるか。……《賢者ヴァイゼ》の力を使おうにも、情報が足りないな……)

(だがエーミール、メルヒオール、コンラートさんが目撃されたということは、敵は諜報部隊オルドヌングの可能性が高い)

(なら、あの集団ならば『誰が』『どのコントラ・ソールで』干渉してくるか……それを考えれば、自ずと……)


 燦斗は考える。敵の正体は既に割り出せており、あとは部隊メンバーの能力を精査するだけなのだが……それを行うには、自前の知識だけでは足りない。


 そこで燦斗は己の権限――セクレト機関最高司令官補佐という立場を利用し、最高司令官エルドレット・アーベントロートへと連絡を入れる。異世界にいてもこうして連絡を取り合うことが出来るのは、最高位の立場であるからだ。


「父上、今すぐにオルドヌングのメンバーの情報をください。これからの行動のために必要なので」


 小声で父親に……最高司令官に話しかける燦斗。

 イズミ達が起きないようにエルドレットへと話しかけると、驚いたような声で返答が帰ってきた。


『なんだ、リヒ。寝ろっていったのに寝てないのか』


 リヒ、と呼ぶのは燦斗の本当の名が『エーリッヒ・アーベントロート』だから。

 今もなおエーリッヒの名前は多々使うことはあれど、『金宮燦斗』の名前を長らく使っている彼にとって、この愛称はなんともこっ恥ずかしかった。


「……寝る必要はありません。今、私にはやるべきことがありますから」

『馬鹿野郎、ミルもリアもメルも寝るときはちゃんと寝てるぞ。そっちはもう真夜中なんだろ? とっとと寝ろ』

「ですから、私には……」

『司令官命令だ。寝ろ』


 そこまでして眠らせたいか、と毒づく燦斗は大きくため息を付いた。

 《無尽蔵の生命アンフィニ》という力を持って生まれたばかりの自分をセクレト機関に売りつけておきながら、今更父親ヅラをするのかとさえ考えてしまうほどに。


 エーリッヒとしての自分は生まれてすぐに親に捨てられたので、親の愛情なんて知らない。知っていたとしても自分という基盤は変えられる気はしないし、こうして真夜中に無理無茶無謀を行う自分は存在しただろう。

 けれど、何故か。何故か今は言うことを聞かないといけない気がした。それは父親に怒られた息子だからなのか、それとも司令官の直接命令だからなのか、そこはわからない。


「……寝たら、教えてくれますか」

『そうだな、教えてやる。……あっ、10分だけ寝たから寝ましたってのは無しだからな』

「チッ。バレてんのかよ」

『バレてる以前にミルが昨日やったんだよ。あっちは5分だったけど』

「あの野郎……」


 ぽつりと、弟のような存在であるエーミールに向けて毒づく燦斗。さすがは自分のコピー、考えることは同じなのだと関心を寄せながらも、どうやって無理矢理起きていながら情報をエルドレットからもらおうかと考えた。


 しかし、そんな中でイズミがゆっくりと起き上がる。燦斗の動きに気づいたのか、彼は少し起き上がって眠そうな眼で燦斗を見つめていた。


「……侵略者インベーダー、考えすぎたら寝れなくなるぞ……」

「ええ、わかっています。わかっていますが……この問題は、私にしか解決できませんから」

「……俺らは寝るぞ?」

「構いません。私はもともと、寝た寝ないに関わらず寿命がどうとか関係ありませんしね」

「…………」


 そういうものなのか、と何か納得したようなイズミは再び眠りにつく。燦斗の様子が気がかりなのか、しばらくは薄目の状態で見張られていたが……あっという間に、彼は眠ってしまった。

 イズミは常人――とは言い難い男ではあるが――故に、眠りにつくのは早い。燦斗が少々考え込む間に眠りについてくれたため、再び燦斗は考え込んだ。エルドレットがそれに気づいたのは、考え始めてから10分後のこと。


『リヒ、いいから寝ろっつったろ。干渉するぞ?』

「だから、エルグランデに着くまでに彼らが無力化されない状態を思いつかなきゃならないって言ったでしょう」

『《無尽蔵の生命アンフィニ》があるからと言って、お前が寝てない状態がわかるのは俺の心臓に悪い』

「心臓はもう無いくせに何言ってるんですか。いいから、私のことは放っておいてください。情報がもらえないなら貴方はただの鉄くずと同じです」

『おまっ、父親に向かってなんてことを!?』

「は? 息子を売りに出しておいて何を今更」


 小さな親子喧嘩が繰り広げられる中、燦斗はふと、何かを見る。

 視界いっぱいに映っていたはずのイズミ達の寝相は何処にもなく、目の前に広がっていたのは……弟のような存在、メルヒオールの姿。彼は申し訳無さそうにする表情を浮かべ、謝罪の言葉を述べている様子が見えた。


 燦斗に未来を見せている力の正体は《預言者プロフェータ》と呼ばれるコントラ・ソール。自分が力を発動させなければ、突発的にもうすぐ訪れる未来を見せつけてくるこの力は……これまでの燦斗の考えを改めさせる事態となった。


(あの子が私を頼るときは、何も出来ないと感じてしまっているときだけ。……なら、あの子に力を借りるのもまた一つの策、か?)

(……今の未来に、裏切られるという感覚がなかった。ならばあの子を信じてあげる必要がある……か)


 少しだけ考えをまとめた燦斗はある作戦を思いついた。それが全て通用するかはわからないが、少なくとも、ある一つの策だけは敵を撹乱させる事が出来るだろうという確証のみが彼の中に残る。

 あふ、と小さなあくびが出る。考えをまとめ終わった脳が休眠を欲している証拠なのだと理解すると、燦斗は身体を壁に預ける。


『寝る気になったか?』

「……まあ、いい未来が見えたので」

『そうかい。……ああそうだ。リヒ、空を見てみろ』

「?」


 エルドレットに空を見てみろと言われた燦斗は、背後に備わった窓から外を見上げる。そこに映し出されるのは、白と蒼の月の2つ。通常では見られない世界の空が映し出されていた。


『エルグランデの星がよく見えるな。今日も、綺麗な蒼玉の色をしている』

「そうですね。……何も知らない彼らは、ただの月としか見ないでしょうけど」

『まあ、仕方ないさ。……ガルムレイという世界の真実に近づいたとき、彼らがどう反応するかは楽しみだけどな』

「それは、まあ、私も楽しみですけれどね。……私がどういう存在なのかを知った時の彼らの反応が、特に」

『お前、感じ悪いって言われたりしてない?』

「おや、どの口がそれを言うんでしょうか。ああ、すみません、貴方に口はもう無いんでしたね」

『おまっ……』


 色々と文句を言われる前に、燦斗はエルドレットとの通信を切って再び壁を背に眠りにつく。これから起こる未来に予測を立て、弟達の無事を祈りながら、真夜中に薄ら輝く月の下で代赭色の髪はゆらりゆらりと揺れ続けたのだった。

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真夜中、考える 御影イズミ @mikageizumi

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