【KAC202210】仮面ヒーローヤンデレ

タカナシ

「真夜中のヤンデレ」

 その街には仮面のヤンデレがいるという噂がまことしやかに俺たちの間で流れ始めた頃の話だった。


 それは突然の訃報から始まった。


 敵である仮面ヒーロードラゴンを倒しに行ったトップの帝との連絡が途絶え、最後に痕跡が見つかった場所にはおびただしい量の血痕が残っており、生存は絶望的だという。


 俺たちの組織はトップ不在により大混乱に陥った。

 だけど、それでも幹部クラスの者たちがなんとかかんとか組織の維持にだけは力を注ぎ、まだ形としては残っていた。


 このまま安定してくれればと一末端の俺は考えていたのだが、新たな問題が発生した。

 それは誰が新たなトップとなるかというものであった。

 今の組織には派閥が3つあり。武力派の将軍派閥。知能派の軍師派閥。そして俺が所属している財政派の商人派閥だ。

 最有力は軍師派閥なのだが、前トップは商人派閥の出なので、軍師派閥からは目の敵にされている。

 そんな中、俺は同僚数名と一緒に上司に集められた。


「え~っ、知っている者もいるとは思うが、次期帝の座は仮面ヒーロードラゴンを倒した派閥の者がなることになった。正直、この方法では我々が不利なのだが、金の力は全てを凌駕するというところを再度知らしめる良きチャンスだと思って、事に当たってほしい」


 そして、第一陣に俺が選ばれた。

 すでに、何度も仮面ヒーローとはことを構えているので今さら第一陣も何もないとは思うのだが、それでもここ最近のあのヒーローの強さは常軌を逸しているとの報告が上がっており、今までの常識を捨てて新たなヒーローと対峙する気持ちで臨めということらしい。


 いや、マジでイヤなんだけど。そもそも、金を稼いで地球人を苦しめていればOKな職場だったはずなのに、なぜヒーローと戦うことになるんだ?

 そりゃ、金稼ぎがバレてヒーローに追い詰められたらやむなく戦うが、俺ら商人派閥は帝が異例なだけで、そもそも戦闘力はそこまで高くないんだが。


 将軍派や軍師派の怪人が送られる中、俺は文句と愚痴を言いながら、なかなかヒーローの元へ行こうとせず、気がついたら真夜中になっていた。


「う~、仕方ない。そうだ。適当に行って、現地の地球人に金を握らせてヒーローと戦ってもらおう。守るべき相手から攻撃されるのは精神的にもクルはずだし、運が良ければ不意打ちで倒せるかもしれない!」


 仮面ヒーローがいるという街を街灯の明かりを頼りにブラブラと歩いていると、不思議な光景が目に映る。


「あん? なんで24時間営業のはずのコンビニが閉まっているんだ?」


 真夜中のコンビニの前には光に誘われた蛾のごとく血気盛んな若者がいるのがお決まりだろうに。

 その辺りに金を掴ませて、仮面ヒーローを倒そうという目論見が早くも瓦解しかけている。


「おい。おい。あんた……」


 すごく小さな声で呼び止められ、そちらを見ると、88歳くらいの老人が手招きしている。


 ふむ。まぁ、この老人に頼んでもいいか。


 そう思って近づいて行くと、


「あんた、その成り、どうみても怪人さんだよな。二足歩行の鷹なんて、怪人以外じゃ見ないだろうし」


 まぁ、その通りだ。


「怪人なら、今すぐ逃げるんじゃ。この街では真夜中に出歩く怪人は、あ、あの仮面のヒーローに殺られるんじゃ。も、もうワシは怪人と言えど、殺られる姿は見とうないんじゃ」


 それだけ伝えると老人は勢いよく扉を閉めた。

 

「なんだか、すごく不穏なんだが」


 だが、上司からの命令である。ここでおめおめと帰る訳にはいかない。せめて協力者を見つけないとっ!


 しかし、どれだけ散策を続けても外には人っ子一人いない。

 まるで真夜中の間は街が死んでいるようだった。

 それにおかしいのだ。圧倒的におかしい。


「なんで、先に行った将軍派の怪人も、軍師派の怪人もいないんだ!?」


 ここまで来ると、上司の命令だなんだと言っている場合ではない。異常すぎる。一刻も早く逃げなければっ!!

 踵を返し、逃げ出そうと思っていると、


「あれ~? まだいたんだ~」


 可愛らしい声が響く。

 普段ならば、アニメ声の可愛らしい女の子がいれば、プロデュースしてアイドルとして売り出し、世の男どもを洗脳する駒に使うところだが、この状況では声を掛けたいとも思わない。

 一目散に逃げようとしたら、足元に何かが投げつけられた。


「――ッ!!」


 それは将軍派のナスの怪人の頭部。頭部というかヘタの部分だ。

 多量の水分が流れ出すフレッシュな頭部だが、絶命しているのは確実。


 ごくりと生唾を飲み込む。


「お友達かな? かな?」


 俺は首をぶんぶんと横に振った。


「じゃあ、こっちは?」


 俺はゆっくりと振り返り、その声の女の子をまじまじと見てしまった。

 見なければ良かったと絶望したが、後悔はなんの役にも立たない。


 その女の子は特に変身するでもなく、公式グッズとして展開されている仮面ヒーロードラゴンのマスクを被っているだけのただの一般人。

 それが、軍師派の富士山の怪人が拘束されている。たまに身じろぎするが、それでも逃げ出せていない。

 こ、こんなヤツに変身が残されているのか?

 お、俺ごときが勝てるはずがないっ!! 第六感に頼るまでもなく頭の中に警告音が鳴り響く。


「し、知らない人です」


 どうせ、派閥争い中だ。見捨てても仕方ない!

 俺だけは生き延びてみせる!!

 即断で富士山の怪人を見捨てる。


「ふ~ん。じゃあ、女帝女豹とかっていうのも知らない?」


「は、はい。一切関係ありませ――」


 チリンチリンッ。


 闇の中から鈴の音が聞こえハッとする。

 もしかして、まだ生きて――。


 そう思ったのがいけなかった。

 見透かされたのだ。


「ただの鈴の音だよ? 一応猫の手から奪ったものだけど。もしかして、何か期待しちゃった? ということは、あの女の仲間ってことよね。タッちゃんと誘惑しに来た仲間ってことよねっ!!」


 仮面を被った女の子は手に持っていたナイフを何度も何度も富士山の怪人の山頂に突き刺す。

 赤い血液がまるでマグマのように溢れ出し、富士山の怪人はその場に倒れ伏した。

 まるで出来の悪いコメディのような悪夢だ。


「あ……あ……あ……」


 あまりの恐怖に俺は走り出した。

 両の足で全速力で。

 今思えば、翼を使って飛べばよかったのにとは思うが、そのときは、そこまで頭が回らなかったのだ。


 全力で走ったおかげか、背後から付いてくる気配はなく、俺は安堵した。


「も、もう、田舎に帰ろう。本当なら、地球人を騙して一旗揚げようと思っていたけど、もう、そんなことどうでもいいっ!! あんなのの相手なんてしてられるかっ!!」


 義理として、今回の経緯を上司に伝える。

 それで、最後だ。もう、俺は関わらない。

 全てを伝え、仮面のヤンデレヒーローがいるという噂は本当で、仮面ヒーロードラゴンより数段、いや、数十倍ヤバイ相手だというのを力説する。


 正直、声は震えていたと思うし、上司に対して怒鳴る様な言い方になっていた気がするが、かえって信ぴょう性が増す結果になっただろう。


 連絡を終えると、大きく息を吐きだした。


「これで、平穏な日常に……」


 ザクッ!!


 足に痛みが走る。


「見~つけた」


「な、なんで、ここにいるって……」


 その問いの答えを聞く前に、ばしゃりとドロドロとした液体がかけられる。


「こ、これ、油?」


「飛ばれると困るからね」


 仮面ヒーローヤンデレはドラゴンの絵がついたライターに火を灯す。


「あっ、そうそう。この場所が分かった理由だっけ。タッちゃんから人に優しくしろって言われてるから教えてあげる。キミ、トリ目だよね。明るいところしか見えないんでしょ? ルート丸わかりだったよ」


 ぽいっと投げられたライターの火はあっという間に俺の全身に回る。


「う、うわぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっっっ!!」


 刺されて、焼かれ、ある意味鳥らしい最後を迎えた。


                ※


 後日談。

 ヤンデレのヒーローがいるという噂が本当だと分かり、また前帝の殺害もそのニューヒーローによるものだと判明し、次期帝はヤンデレを倒した派閥に変更になった。

 しかし、その恐ろしさを如実に実感していた商人派は早々に手を引き、事実上、将軍派と軍師派の1対1の争いとなった。

 だが、あの街から帰って来た怪人はおらず、両派閥は解体へと至った。

 そのまま、商人派閥から次期帝が誕生し、功労者としてワシの怪人の名前は社内碑に一番大きく刻まれることとなった。




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