真夜中
Ray
底辺ユーチューバーの顛末
真夜中と言われ思い浮かぶ言葉、それは『草木も眠る丑三つ時』という言葉ではないでしょうか。
今で言う午前二時から二時半という時間帯。この時間帯は昔から魔物が
この十二支で表されていた昔の時刻、これは方角をも示していました。
丑三つ時は方角にすると北東。陰陽道では鬼門と言われており、人々がこの時間帯恐れた理由となったのです。
さて、ここに登場するのはそこそこの人気を誇っていた四人組のユーチューバー。彼らのユーチューブチャンネルはある悪質なやらせ疑惑により人気が急落。焦りの結果幽霊を映してやろうと躍起になっていました。
――そしてある事件に巻き込まれたのです
私はある四人組ユーチューバーの行方不明事件を担当することとなった。
捜索願が出たのは一人一人まちまちではあるものの、音信不通になったのは四人同時で同じ日。
その日の深夜には警察が通報を受け、ある廃病院にパトロールをしたようなのだが、誰も見当たらなかったという報告がなされている。通報の内容は、ユーチューブのライブ配信中に事件に巻き込まれたのかもしれない、ということ。
その後事件現場とされる場所から押収されたビデオカメラ。さて一体何があったのか。私はデータをパソコンに取り込み、再生ボタンを押した。
「はいどうもー。底辺ユーチューバーになり下がった、フォーガイズでーす。今日はライブ配信でリアル肝試しやるよー」
冒頭に話し始めるのはリーダーの押切裕也。このチャンネルではゆうちょんと称している。四人の中で一番背の高い男。細長い目から垣間見える瞳はやや冷淡さを帯び、唇をニヤリと吊り上げている。
「起死回生。やらせ抜きの超リアルだかんね、今日は」
副リーダーの西谷健司、この中で一番ガタイの良い男だ。通称はにしやん。見た目からも腕っぷしには自信があるようで、こんな状況でも怯んではいないようだ。日焼けした肌の中に真っ白な歯を光らせ、笑みを見せる。
「ちょっと俺マジ怖いんだけど」
と怖気づくのは山岡信夫。通称ヤンマー。背中を丸めたその姿勢が余計に背の低さを強調させている。
「んなもんいるわけねぇだろ。幽霊なんて迷信だよ、迷信。ってお前の顔真っ白なんだけど」
西谷がカメラマンの岩瀬友則、ともぴーをからかうとカメラを奪い、顔面蒼白の岩瀬をアップで映す。自分は映らないからと高を括っていたのか、ぼさぼさの茶髪を懸命に手で撫でている。
今ではこの動画はチャンネルから削除されているが、かなりのアクセスがあったようだ。リーダー及び副リーダーの恐怖心の無さと絶え間のないにやけ顔は、バズりを目論むばかりに心奪われてしまっていたのかもしれない。苦し紛れの成り上がり企画は、生還できたのなら大成功に終わっていただろう。
そして四人はエントランスのドアを押し開けた。
懐中電灯の明かりが病室、手術室、トイレなどをうろうろと照らしていく。ギャーギャーと騒がしいが、何てことはないただの肝試し映像。私はそこで再生を倍速モードに切り替えた。
個人的に刑事としての勘は冴えているが、スピリチュアルな能力は皆無であり、奇妙なものが私の目に映ることはなかった。仕事であろうとこのような場所に出向くことには正直憂鬱である。視聴回数を稼ぐため、つまりは金のためであったとしてもこんなことができる人間は大分物好きなように思えるが、何が怖いと言えばこういった人間の欲というものが一番怖いのではなかろうか。
不法侵入ということ以外は何の事件性も感じない一時間ほどの動画。一通り探索した一行は引き返し、外へ出る。
ここから何かが起きるというのだろうか。私はそこから速さを通常モードに戻した。
「ちょっとやべぇよ、あそこ」
「お前ビビり過ぎなんだよ。確かに肩はちょっと重い感じはするけど」
「お、視聴者三千人になったぞ」
「マジで? 深夜でそのくらいなら、いいんじゃね?」
「幽霊撮れればもっとバズったかもな」
「誰も霊感ねぇんだもん。使えねぇなー」
「ってかお前もだろ」
ハハハッと笑いが起こる。
「もいっかい戻る?」
「やだよ、俺」
「じゃんけんで一人で、とか?」
「俺ギブ。肩重いし、気分悪いし」
「今何時? 結構回したよな」
「今、一時五十分」
「もっと見たーいってコメントあるけど」
「今日遅く始めたからな」
「そうそう、車が故障してレンタカーにしたんだよね」
「もういいよ、今日は。戻って何も撮れなかったら意味ないし」
「まぁ、確かにな。第二弾に乞うご期待ってことで」
「あれっ。ってか俺、携帯ないんだけど」
西谷がズボンのポケットに手を入れる。「え、まじで?」などと周りに咎められながらややしばらくがさごそと頭をかしげながら探す。
「お前どっかで転んだよな」
「うわぁ。まさかの、落としてきた?」
「やっちゃったよ。俺は戻らないかんね」
「しゃーない、取りに行ってくるわ」
「ひとりで? すげぇなお前」
西谷は皆の感心を背にすたすたと再び廃病院へ戻っていく。
「あ、やべぇ。カメラ渡すの忘れた」
「何だよ勿体無い」
「絶対追いかけたくないし」
「そうだな。取り敢えずじゃあ今日はこんなところで締めますか」
「にしやんなしで?」
「何か寒いんだよ、俺。しょんべんもしたいし」
「何だよ、それ」
ハハハと笑い。配信を終わらせる運びとなったようだった。
だが、
「はい、じゃあそういうわけでね。リアル肝試しということで残念ながら幽霊は見れなかったんですが……」
と押切が締めようとしたその時だった。
ギャーーー!
と叫び声が響く。
「え、何?」
「え、何々?」
カメラが病院の建物に向けられる。チラチラとその側面に懐中電灯のスポットライトが彷徨う。
「おーい、にしやん!」
押切が呼びかける。
だが返答はない……
静寂があたりを包み込む。私の心臓がドクドクと高鳴っていた。あれは西谷の声でおそらく間違いないだろうが、一体何が起こったのか。ぐっと顔を画面に近づけその明かりを頼りに目を凝らした。だがもう声は聞こえず、人影も見えはしない。
「どうする?」
「戻りたくないんだけど、俺」
「……警察?」
「いや、それはヤバいだろ。許可取ってないんだから」
「コメントが凄い。何してんだ、助けに行けって」
「自業自得、通報しろ、もある……」
「どうする? リーダー」
山岡は血の気の引いた眼で押切を見つめる。
「行ってみるか。暗いからどっかに落ちたのかもしれないし」
「あいつマジふざけんなよっ」
「ってか見てこれ。視聴者数爆上がりなんですけど」
「うわっ本当だ。すげぇな」
皆々の引き攣っていた顔がやや綻びを見せる。この期に及んでも視聴者数を気にする貪欲さには呆れを通り越して感服する。
だが、怖気づいていた空気はそこでかき消えたようだ。一行は西谷の捜索を決意し、再び建物に潜入した。
「おーいにしやん、出ておいでー」
ちらちらとサーチライトが薄汚れた壁、壊れた窓やその周辺を交差する。
「転んだ所に行ってみようよ」
「大分奥だったぞ、あそこ」
「またそこで転んでたりして」
ハハハと乾いた笑いが起こる。わざと気分を盛り上げ、恐怖を誤魔化しているのだろうか。
確かに西谷はある場所で転んでいた。あれは遺体霊安室だっただろうか。三人はじりじりとその場所へ向かい足を進める。一歩踏み締める度にキュッキュッとスニーカーの擦り音が薄気味悪い嘲笑いのようにも聞こえてくる。
「おーい。にしやん、そこにいるんだろ。返事しろ」
「にしやん、マジでお願い。何か言って」
押切と山岡の声はか細いながらも、焦りやイライラが込められていた。ただ西谷は応答をしない。カメラはしっかりとメンバー二人とその先を見据えていた。そろそろと階段を下り、地下廊下は窓もなく視界がすこぶる悪い。
目的の場所へ近づけば近づくほど口数が少なくなる三人。「お前入れよ」「やだよ」などという押し問答も何故だろうか囁きに変わっていた。
そしてついに霊安室の入り口に差し掛かる。ドアは来客を待つかのように開いたままだった。
「ほら、リーダー。視聴者数が倍増してるよ。あとさ、リーダーが行けってコメントが来てる」
岩瀬が押切を先に中へ入れようと、躍起に
「よし、じゃあ行くか。視聴者さんのために」
と軽快に言い放つと、押切は吸い込まれるようにして暗黒の室内へ足を踏み入れた。
ドアの枠がこちらに迫ってくる。カメラマンの岩瀬も意を決して侵入するようだ。
「ちょ、ちょっと待ってよっ。ひとりになるのはやだ」
終始ビビり通しの山岡は岩瀬の傍にピタリと寄り添う。マイクがその男のはぁはぁという吐息を拾っていた。
ここで何かが起きそうだ。長年で培った勘、私は画面に近づき、目をグッと見開いた。
ーーその時だった。
バタンッ!
という閉扉の音に、私はビクッと肩を揺らした。
「おいっ、なになに?」
「怖い怖い怖い怖い」
「誰だよ閉めた奴」
「俺じゃねぇよ」
「俺でもない」
眩暈を催すほど画面が揺れる。必死で状況を把握しようとする三人。目をひたすらに這わせても、もはや何も確認することができない。
そして、
ギャーーー!
と悲鳴が轟いた。
ドコッという鈍い音と共に、カメラが地面へ落ちる。
床を右側に据えた視界。真正面にある壁が、映写機の如く懐中電灯に照らされていた。
その中で何やらもぞもぞと動く影。
そして数秒後、消えた――。
真夜中 Ray @RayxNarumiya
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