第16話 斬り合いながら同じ目をして
オレは歯を食いしばり、目をひんむいて刀を上げていた。
どうにか防いだつもりだったが、打ち下ろしてきた勢いに押されて腕が曲がる。ウサミの刀は顔の前で止まったが、オレの刀が頬に当たった。峰打ちするため逆に構えていたせいで、刃の方が。
刃は頬を傷つけ、ほんの少し肉に食い込む。ヒゲを剃るような音を聞いた気がした。
「いっ、てぇなコラ!」
顔を引きつらせ、思い切り刀を払う。先の方に固い感触があった。
後ずさったウサミの手の甲に、一筋赤い傷が見えた。切っ先がかすったのだろう。
と思う間に、ウサミが横殴りに刀を振るった。
オレはとっさに、頭の横へ刀を構える。刃は防いだが勢いを殺しきれず、自分の刀の横腹に頬を打たれる。平手打ちみたいに。傍から見てたらマヌケな光景。
「っの……」
顔をしかめ、構え直そうとしたとき。ウサミが刀を振り上げるのが見えた。
オレは一瞬動きを止めた。キンタマが縮むのを感じた。刀がオレの頭へ向けて振り下ろされてきたせいではなく。目が合ったから。目が合って、それでもためらった様子がなかったから。ウサミの目が、得体の知れない生き物が住む泥沼みたいな目が、ぬらりと光って見えたから。
身をかわす余裕はなかった。上半身を左後ろへそらし、頭だけはどうにかかわした。刀は右肩に、ジャンパーの上からまともに当たる。
声も上げられなかった。骨の中で反響する硬い衝撃、ほとんど同時に、裂ける痛み、火が走るような熱さを肌と肉に感じた。
「いぃ……ってぇッ!」
顔が歪む。
斬られた。斬られた、斬られた、痛い、熱い。熱い!
血が噴き出したような感覚はなかった。が、後ずさって距離を取った今も、焼けているみたいに傷口が熱かった。空ぶかししてるバイクのエンジンのように、心臓が強く脈打っていた。足が、ひざが震える。
何コレ、何コレ。何でオレ斬られてんの、何でこんなに傷が熱いんだ。何コレ。
頭の半分が空回りする中、残りの半分が考える。
オレは斬るつもりなんてない、殺すのはやめにした。だから峰打ちなんてしたし、不意打ちでさっさと終わらせようとした。
けど。コレはなくねぇ? だってコレ、すっげー不公平じゃね? なんでオレだけ斬られてるワケ?
オレは強く息を吐き出す。刀を手の中で返し、刃をウサミの方に向ける。バットみたいに肩の辺りで構えた。
本気じゃねぇ、本気で斬るワケじゃねぇ。殺す気なんてない、ちょっとケガさせてビビらせるだけ。峰打ちじゃビビんねぇ、それじゃ止めることもできねぇ。
っつーか。おかしいよな、マジおかしい。どーよ、斬る気のねえ方が斬られてンのって。コイツもちっとぐらいケガしてねーとおかしくね? 不公平すぎね?
震える腕に力がこもる。吐き出す息が震えていた。加減ができるか、自分でも分からなかった。
それでもいいか、と思う自分がいて。また、キンタマが縮まるのを感じた。悪い感覚じゃなかった。笑っていた。
たぶん、今のオレはコイツと同じ目をしている。
イヌイが刀を構え直すのを見て、僕は笑っていた。
笑う理由も喜ぶ理由もない、それは分かっているが。笑わずにはいられなかった。腹の底から、背骨の髄から湧き上がってくる感覚があった。
息をこぼし、肩を揺する。
「ふふ」
「はは」
イヌイも笑った。実に嫌な目をしていた、濁りながらギラついた、ナイフを沈めた沼のような目。そんな目をして、いい笑顔で笑っていた。
僕もたぶん、こんな顔をしている。そう考えるとおかしくて、また笑った。
イヌイの目をのぞき込む。そこに僕が映っている――気がした。
行くぞ、と胸の中でつぶやく。
イヌイは何も言わずうなずいた。
僕は腹の底から声を上げる。
「おぉりゃあッ!」
刀を右肩の上へ振りかぶり、駆ける。
イヌイも同じ構えで駆け、叫ぶ。
「でぇやぁぁッ!」
届く、そう思ったところで、音を立てて左足を踏み下ろす。斜め上から刀を叩きつける。
イヌイの刀とかち合い、高い音を立てて互いに弾かれる。その場に踏みとどまったまま、弾かれたそこから真横に振るう。
イヌイも同じく横から斬りかかってきていた。切っ先がまたかち合う。お互いさっきほどは力を込められていなかったのだろう、手に返ってくる反動は小さかった。そこから、刀と刀で押し合う形となった。
足を踏み込み、体ごと押す。遅れてイヌイも前に出て、つばぜり合いになる。
刃がきしむ音の中、歯をむくイヌイの顔が目の前にある。僕も歯を食いしばりながら、目が合って笑った。イヌイも、わずかに頬を緩ませた。
僕は足を踏み込み、右肩を刀の峰に当て、体当たりのようにイヌイを押した。
はかったようにイヌイは横へ身をかわす。
僕の刀はイヌイから外れた。前のめりになって足を継ぐ。慌てて振り向いたそこへ、刀が振り下ろされた。
顔に向かってくる切っ先がはっきりと見えた。後ずさるがかわし切れない、顔の左側に来る。目の所だけは外れると分かった。
刃がゆっくりと向かってくるように見えた。当たる寸前、頬に冷たさを感じた。それは血の気が引いた感覚だったかもしれないし、刀の風圧だったのかもしれない。
切っ先が肌に触れる。針で突かれたような感触。直後、時間の感覚が元に戻る。頬の表面を、高速で刃が駆け抜ける。
血がにじむのが分かった。その後で、傷口に焼けるような熱を感じた。
大きく跳びのいて距離を開ける。心臓が強く速く脈を打っていた。今さら背筋が震える。
もっと深く当たっていたら、頭か目に当たっていたら。考えると怖すぎて、笑ってしまった。
イヌイも刀を下ろしたまま、口笛のように短く息を吹いて笑った。
僕は笑顔のまま構え直す。
「でありゃっ!」
右から左、左から右。右下から左上、左から上。力まかせに刀を往復させ、でたらめに振り回す。そのどれもが音を立てて空を切る。無理な動きにひじが、手首がきしんだ。筋肉が悲鳴を上げる。吸い込む息がやたらと冷たかった。喉は熱く、吐き出す息がいがらっぽく絡んだ。
身をかわしたイヌイが、下から刀を振り上げる。
「ンのやろっ!」
刀の先が弾かれ、手首の骨にしびれるような衝撃が走った。刀を取り落としそうになり、慌てて指に力を込める。
さらに上から振り下ろしてくる刀が、コートの裾を裂く。
僕は舌打ちをして刀を突き出す。刃がイヌイの腕をかすめ、手首の辺りに傷をつけた。皮膚をちぎるような、嫌な感触がした。
イヌイが大きく踏み込み、斬り下ろしてくる。刀の真ん中辺りが僕の肩を打った。骨の中を痛みが響く。研ぎが甘かったのか刀がそこで止まったせいか、斬られた感触はなかった。
大きく身を引きながら、僕は刀を振り下ろした。動きを止めたイヌイの刀へ。
イヌイの刀の先は地面に叩きつけられる。イヌイは下がりながら刀を握り直そうとしたが。
その前に、僕は肩からぶつかっていった。
イヌイの手から刀が離れ、軽い音を響かせて地面に落ちる。イヌイもまた、大きくよろめいて腰から倒れる。
倒れたイヌイの目の前に、覆いかぶさるように僕は立っていた。今なら、殺せる。
目をつむっていたイヌイが、顔を上げて目を開ける。目が合った、気がした。
金玉が縮む感触があった。
止めるか? やめるのか?
今なら斬れる、斬る。今なら殺せる。今しか殺せない。今しか。
刀を振りかぶった。イヌイの顔はもう目に入っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます