第4話 その目は淀んで、嫌に光る
金髪の男――そういえば名前も聞いていない――は、天井を見上げたまま黙っていた。
僕の方から尋ねる。
「何さ、死ぬ代わりに殺すって。意味が分からないな」
僕が殺されることと目の前の男が死ぬということには何の関係性も感じられない。普通に考えれば、意味も脈絡もない冗談という可能性が高い。
しかし、そうだと考える気にはならなかった。僕を見ている男の目を見ると。
嫌な目だった。茶色く淀んだ目。どんな魚も住まない古い泥沼のような。それでいて、瞳の奥の方だけがいやに輝いて見える。真新しいナイフを沈めた沼のような目。そこに手を突っ込んだならナイフに裂かれて、傷口に得体の知れない菌が入ってグズグズに腐ってしまう、そんな沼のような。
男はタバコをくわえたまま息をついた。
「いいさ。分かんねーように喋ってる」
僕は鼻で笑った。
「分かるように言えよ。……何で殺したい? あるいは死にたい?」
僕はかすかな期待をこめてそう言った。幸い、声は震えなかった。
クラスの奴ら全員に、生きる価値など無いと、僕はそう思う。奴ら全員がとてつもなく都合のいい偶然、たとえば全員の家がいきなり火事、たまたま僕だけが休んだ修学旅行でバスが転落事故、何かしらの天変地異、そんなことで死んでしまわないものかとよく思う。僕への当事者、傍観者、僕のことについて気づいてもいない善良な阿呆。死んじまえよ。死んでくれよ。頼むから。
そんな偶然はあり得ないと分かり切っている。が、今僕は別の期待を抱いていた。もしかしたら、目の前の男も僕と似た感情を抱いているのではないか、と。僕と似た問題を抱えているのではないか、と。そうでなければ、ただ人殺しをしたいイカレ野郎か。
ただ、正直いって前者はない。男の言っていることはいまいち要領を得ない。それに、こいつは見るからに僕と正反対。ガラの悪そうな、それ以上にどうしようもなく頭の悪そうな男。実に軽薄そうな、脳ミソが軽くて自我の薄っぺらそうな男。僕と同じであるはずもない、同じだったらむしろ迷惑。そう思うのに、心のどこかが期待している。
男は薄く笑った。アメリカ映画の登場人物みたいに、肩をすくめて言った。
「言う必要ねーな」
「ああ、ないね」
僕も笑った。脚を組み替え、ひざの上で手を組んで言う。
「こう聞こうか。誰を殺したい」
オレは胸の内側で心臓が跳ねるのを感じた。表情はどうにか変わらずにすん
だ。いや、コレって無表情っつー表情か?
慌てて笑う。軽く声を上げた。
「誰をって。考え過ぎ、ンなこと誰も言ってねーっしょ。だいたい、誰か殺したい奴がいンならそいつ狙うって。オマエなんか殺すとか言わねーでさ」
相手はメガネを指で押し上げて言う。
「どうかな。予行演習とか」
「ンなワケあるか」
オレは普通に笑った。大外れだ。こんなトロそうなメガネにオレのコトなんて分かるワケねえ。いつまでも考えてろお利口さん、正解が知りたきゃ塾で聞きなよ。
大きく倒してある座席に寝転がって言う。
「誰でもいーからよ、ブッ殺してぇンだ。そーでもなきゃ退屈で死んじまう。
そーいうコト」
相手の目を見上げながら、オレはまだマシなのかもしれないと思った。つーかそう、オレはコイツじゃなくてホントによかった。そう心から思えるほど、目の前の男はイヤな目をしていた。
暗く淀んだ目、何考えてるか分かんねえ目。暗闇の中のドブか排水口、その奥で何かがぬらっと光っているような目。いいものか悪いものかも分からない何か、とにかく妙な生き物が、ヘドロの中からこっちをうかがっている。下手に手ぇ突っ込んだらたぶん指とかかみちぎられる、そんな感じ。
ふと聞いてみる。
「オマエは誰か殺したいのか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます