第3話 乾恭一は殺したかった
オレ――
まず、殺したいってのはうちのババアのこと。ババアっつってもばーちゃんじゃねー、ばーちゃんは結構好きさ。ばーちゃんち行ったら金くれっし。飯も食わしてくれっし。
ババア――いわゆる一つの、オフクロ、マザー、えーと母親――が金くれたことってねぇンだわな。や、飯代はくれんだけどさ、こづかいっちゅうアレでくれたことはねぇ。いや、ウソウソ、何度かある。クリスマスんときによ、「好きなもん買ったら」つって金くれた。何これって聞いたら「買いなよ、プレゼント。自分で、好きなの」って言ってた。何買ったっけ……とりあえずコンビニでケーキは買ったな。ありゃうまかった。
飯とかもババア作ンねーしさ。帰ってきてコンビニ弁当食って寝るだけだなアイツ。オレと兄貴はそれを起こさないよーに学校行く。細心の注意を払ってってやつだ。
や、そりゃ別にいンだよ? なんだかんだで食えてっし、女手一つってやつだ。オレの知らない苦労とかあンだろ。そこは全然いンだよ。
おかしーのはさ。思い出しただけで、何もかも考えるのをやめたくなるのは
さ。キレてガッツンガッツンに殴ってくるババア。殴ってくんのはいい、ヤだけどまだいい。傘で叩かれようが肩たたきで殴られようが、灰皿ぶちまけられようがそれはいい。
分かンねーのは、さ。なんでそんな、「お前さえいなけりゃ」みたいな顔でオレを見るんですか? どんだけ血走った目でオレをにらむんですか? そんな顔に力入れて、あぁものすげぇシワ増えてんよ。なんでそんな歯ァひんむいて食いしばってんですか? アンタはアレか、赤ずきんの話か。バアさんに化けたオオカミがさ、「何でそんなにお口が大きいの?」って言われるアレか。
どついてくんのはいい、痛ェけどなかったことにしといてやる。けど、さすがにヤバいときがある。マズいのはたとえば灰皿、ときどき中身に火がついたままだ。ぶちまかれたのを掃除すんのはオレだし、何よりウチの灰皿はデカい。鉄アレイみてえに重い、ぶ厚いガラス製のやつだ。骨ンとこ当たるとさすがにこたえる。あと、電源のついたアイロン投げられたこともあったな。ダッシュで外逃げたわ。マッハで走って、走って、息が止まりそうになるまで走った。
つーかそれと、兄貴もどーだよ。なんで兄貴はやられねーんだよ。なんで黙って見てんだよ。またゴキブリが叩かれてるな、みたいな目で見んだよ。親父がいたころはこんな感じじゃなかった……ような気がする。昔の話だ。
そんなこんなで、できるだけ家にはいないようにしている。半年前にこの廃車を見つけてから必要な物を運び込んで、週に四日はここで寝泊りしてる。
ババアと兄貴のことは、ぶっちゃけ死んでくれると嬉しい。大笑いする自信がある。マジ殺したい、っつうか……違うな。できれば殺してみたい、ぐらい。
そう、殺してみたい。たぶんスゴく楽ンなれる。けどなんだか分かる、オレはきっと殺せない。死んでくれ、と思うだけ。いっそオレが死ぬか、とも思うが。向こうがいなくならないんだったら代わりにオレがいなくなるか、って。
せめて――誰かが代わりに死んでくれたら、殺されてくれたらスッとする。
そんな気がする。生きていけるぐらいスッとする。オレだってテメーらを殺せる、やらねーだけだ感謝しろババア。そう思える。
だから、できれば、と思う。できればこのメガネの奴、死んでみてくれねーかなぁ、と。オレが殺すとまではいかなくても、オレのせいで死んでくれねーかなぁ、と。
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