第39話 開戦

 日が南天高くまで昇った頃、角笛が吹かれ、戦が始まった。


 クイバイラの軍勢がビフレアドに向かって突撃してくる。


「作戦通りいくよ!」


「はい!」


 ゼノの言葉にムスキルは剣をしっかと握って応える。


三叉縛鎖さんさばくさ!」


 赤い魔力を纏ったゼノが両手を着いて魔法を唱えると、無数の鎖が地面から飛び出して、クイバイラの兵士たちを縛り上げた。

 ただ一人、軍の先頭を走っていたクイバイラの王イルペースだけは、素早く横っ飛びして鎖を躱した。


「少しは楽しめそうだな」


 真っ赤な髪と目の偉丈夫イルペースは、魔法を使用したゼノに狙いを定めて一直線に駆ける。

 その目の前にムスキルが立ち塞がる。


「お前の相手は私だ」


「雑魚に用はない」


 剣と剣をぶつけ合うムスキルとイルペース。

 衝撃が草原を駆ける。


 正直ゼノが本気を出せば、レッドドラゴンを倒した消滅魔法で敵を殲滅できる。

 しかし、それでは人が死にすぎる。

 なるべく犠牲者は出したくないのがゼノの本音だった。

 だから弱い者はゼノが拘束して、圧倒的強さを誇るイルペースはムスキルが倒すことにした。

 これならムスキルの強さ、つまりはビフレアドの強さも示すことができるので、今後ゼノがいなくなっても、相手は容易に攻めてこれない。

 ビフレアドの未来も考えた作戦だった。


 言わずもがな、作戦の要はムスキルがイルペースに勝利することなので、人々は両軍を隔てる平野の中央で繰り広げられるムスキルとイルペースの戦いを注視する。

 ビフレアドの兵士の中にはムスキルが勝てるのかと不安げに見ている者も多くいた。

 けれどゼノやプラティネスは、ムスキルの勝利を疑わず、その勇姿を焼き付けるために二人の戦いを凝視していた。


 ムスキルとイルペースは千回万回と剣を交える。

 無数の火花が二人を包む。


「やるじゃないか!」


「こっちは拍子抜けだ」


 イルペースの言葉にそう返すと、ムスキルは前日から魔力吸収によって蓄えていた魔力を解放する。


「ならこちらも本気を出そう」


 イルペースも魔力を解放する。

 その魔力は、前日から魔力を溜めていたムスキルと遜色なかった。


 赤と青の魔力がぶつかり合い、二人の戦闘は激しさを増していく。

 平野の端から端まで二人は剣をぶつけながら駆け回る。

 踏み込む足の衝撃で大地はへこみ、振られる剣の衝撃で大きく割れる。


「中々やるなあ」


 様子を見ていたゼノはイルペースの強さに感心した。

 魔王討伐の旅に出る前のゼノやミエーカと互角の強さを持っているように見えた。

 彼が旅に参加してくれていたら、もっと楽に魔王を討伐できたのになあとゼノは残念がった。


 二人は何度も剣を打ち合う。

 お互いに傷が増えていく。

 けれども致命傷はどちらもない。

 中々勝負が着かないことに苛立ったイルペースは攻撃の激しさを増すが、ムスキルはその全てを受け流す。

 ついに業を煮やしたイルペースは、奥の手を使うことにした。


「死ね!」


 剣を振り下ろすイルペース。

 当然受けようとするムスキル。

 その時、突如として後ろの土が盛り上がり、鋭い槍となってムスキルへ迫った。


 イルペースは剣が得意だが、魔法も使える。

 それも剣を打ち合いながら。

 イルペースの剣を捌くのに夢中になっている敵を後ろから魔法で倒す。

 これがイルペースの奥の手であり、必殺のコンボだった。


 しかしムスキルは、この必殺の魔法を躱した。

 魔力感知を鍛えていたムスキルには、後ろから魔法がくるのが分かったのだ。

 突然の後ろからの攻撃に驚きはしたが、感知しているので、わずかに腕に傷ができる程度で済んだのだ。


「何!?」


 横に跳ぶムスキルに驚くイルペース。

 この技が躱されるのは初めてのことだったので、思わず動きを止める。

 そこにムスキルが、ここぞとばかりに猛攻を仕掛ける。


「舐めるな!」


 イルペースも反撃をする。

 もう技を隠す必要はないので、剣と魔法両方を使って、四方八方からムスキルを攻める。


 さすがに全方位からの攻撃を捌くことはムスキルにもできない。

 徐々に押されていき、傷が増える。

 血が飛び、息が上がる。


 イルペースの剣を後ろに飛んで躱すムスキル。

 着地した時に足に力が入らなくて、ガクッと膝が落ちる。

 その隙を見逃さないイルペース。

 地面から飛び出した土の槍がムスキルの左足を吹き飛ばす。

 苦痛に顔を歪ませるムスキル。

 激痛が走れば動きが一瞬止まるだろうと思ったイルペースは迷わず剣を横薙ぎに振るう。


 しかしムスキルは止まらなかった。

 レッドドラゴンに右足を消し飛ばされた時は、苦痛に悶え、地面に横たわったが、今回は左足を吹き飛ばされても構わなかった。

 確かに気絶しそうになるほどの激痛が走るが、そんなことよりも、この戦闘に勝つことの方が大事だった。

 プラティネスやウスコ、ゼノが自分の勝利を信じてくれている。

 その期待に応えたい。

 今度こそは応えたい。

 その思いがムスキルを奮い立たせる。


 ムスキルは左足を吹き飛ばされても動きを止めない。

 イルペースの横薙ぎの剣が胴に迫ってもお構い無し。

 ただ勝利だけを目指して、剣を横に振るう。


 先にイルペースの剣がムスキルの胴に届いた。

 バターを切るようにムスキルの胴に切り込んでいく。

 けれど、そこでムスキルの剣がイルペースの首に届く。

 そしてそのままムスキルは自らが切られていることは気にせず、力いっぱい剣を振り抜いた。


 イルペースの首が飛ぶ。

 血潮が高く弧を描く。

 脳を失った腕は最初、振られた勢いのままにムスキルの体に深く切り込んだが、半分行った所で背骨にぶつかって止まった。


 ムスキルは後ろ向きに倒れる。

 イルペースの剣は地面に当たって、胴から外れて側に転がる。


「イルペース様が負けた……?」


「そんな……バカな……」


 クイバイラを率いた最強の男イルペースが負けたことにより、クイバイラの軍は動揺し、やがて戦意を喪失して、我先にと逃げ出した。

 戦はビフレアドの勝利に終わった。


 ムスキルは青空を見上げ、手を強く握る。

 そしてプラティネスとの約束をようやく守れた喜びと安堵を噛み締めた。

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