勇者パーティーの魔法使いは魔力を失っても最強冒険者

上田一兆

第1話 白き男

 過酷な旅、長き死闘を乗り越え、ついに勇者たちは魔王を倒した。

 代償として勇者は右腕、武闘家は左目、そして魔法使いは魔力を失った。


 それでもなんとか生き延びた彼らは王国で祝宴を受けた。

 そして勇者と聖女は結婚し、王国に住まいを持った。

 武闘家は自らを鍛え直すため旅立ち、戦士は自らの国へと帰った。

 魔法使いも故国へと戻り、盛大に祝われた。


 その後魔法使いは田舎へ隠居するため旅立ったが、それを最後に消息不明となった。



 ◇◇◇◇



 ギュウギュウ。

 パッパッ。


「ふうっ」


 アウレは洗濯物を干し終えて一息吐く。


「なにさぼってんだ! 終わったならこれ持っていけよ!」


「す、すみません。今すぐ!」


 叔父に怒鳴られて、急いで水を流してタライを片付ける。

 それから屋内に入って、瓶詰めされた魔力回復薬を鞄に入れていく。


 ハア……。

 できれば持っていきたくない。

 憂鬱だ。


 アウレはため息を吐く。


「養ってやってんだから、ちゃんと働けよ!」


「は、はい。すみません」


 気乗りしないが文句は言えない。

 早くに両親を失って、行く宛のない少女だったアウレを引き取ってくれたのは叔父だ。

 大人になった今もアウレは一人では生きていけないだろう。

 だから黙って魔力回復薬を入れていく。

 それから外套のフードを深く被り直すと、冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドに入ると、汗と酒の匂いがむわっと臭ってきた。

 冒険者たちの笑い声と怒鳴り声で騒々しい。

 その中を誰にも気付かれないように息を潜めて受付に向かう。


「魔力回復薬です」


 無意識に小声で言って、受付のカウンターに魔力回復薬を置く。


「2、4、6、8……。ちゃんとありますね。これ、代金と素材です」


 受付の女性はぶっきらぼうにカウンターにお金と回復薬を作るための素材を置く。


「ありがとうございます」


 お金と素材を受け取って逃げるように立ち去る。

 その時だった。


「うるせえんだよ!」


「わっ」


 一人の冒険者が口論から別の冒険者を突き飛ばした。


「キャッ!」


「うおっ」


 突き飛ばされた冒険者がアウレにぶつかって、よろけたアウレがまた別の冒険者にぶつかった。

 ぶつかられた冒険者の男はビールを服にこぼした。


「おい、服汚れたじゃねえか。……!!」


 文句を言う冒険者だったが、何かに気付くと驚いた表情になった。


「なんで"魔無し"がここにいるんだよ!!」


 冒険者は嫌悪と怒りを隠そうともしない。

 アウレはしまった!と思う。

 ぶつかった拍子にフードが脱げていたらしい。


「す、すみません!」


「すみませんで済むわけねえだろ!?」


 すぐに謝るが冒険者は許してはくれない。

 当然だ。

 アウレの髪と眼が真っ白だったから。


 それは魔無しの象徴で、魔無しは魔力がないから役立たず、不吉の象徴として蔑まれている。


「社会のゴミが!」


 顔を叩かれ、跪かされる。


「すみません! 許して下さい!」


「許すわけねえだろ! 弁償しろよ! ああ!!?」


 髪を掴まれ、顔を上げさせられ、睨まれて、投げ捨てられる。


「すみません、すみません、すみません、すみません」


 アウレに弁償するお金はない。

 どうすることもできないから謝り続けるしかない。


 アウレは謝り続けていると涙が出てきた。

 冒険者が怖くて泣いたわけじゃない。

 自分が惨めで情けなくて泣いたのだ。


 謝ることしかできない無力。

 虐げられるだけの人生。


「そんな風に産んじゃってごめんね」


 病気で死ぬ間際の母が最後に言った言葉を思い出す。

 その通りだとアウレは思った。


 誰の役にも立たず、人を不快にするだけ。

 私は生まれるべきじゃなかった。


「すみません、すみません、すみません」


 生まれてきてごめんなさい。


「うるせえんだよ!」


「うっ」


 顔を蹴られて倒れ込む。


「すみません……」


 声を殺して泣く。

 その時だった。


「やりすぎじゃないか?」


 入口の方から声がした。

 アウレが振り返ると、彼女と同じ白髪白眼の、杖を持った若い男が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る