死神のお手伝い

朱ねこ

非日常

「なぜ俺が見える?」


 闇に溶ける黒髪が風に靡く。

 どう見ても人間と変わらぬ容姿なのに、彼は空に浮いている。


「なぜ、と言われましても……」


 普通なら見えないものが私には見える。

 彼の足ははっきりと見え、ぼやけていない。いつも見る幽霊と違うことは明白だった。


「あなたは、だれ?」

「……死神。魂を狩る死神だ」


 冷たい風が吹いた。

 これが、私と死神との出会いだった。


 彼は真夜中にしか現れない。

 死神とは、現世に浮遊する霊魂を鎌で狩り、あの世に送る者のことらしい。


「来たよ!」

「ふっ!」


 合図すると、視界に飛び込んできた彼が鎌を振り下ろした。

 幽霊は真っ二つに裂け、魂は光の玉となり、シャボン玉のように消えてゆく。

 眩いほどの輝きが、儚く消えてゆくさまは何度見ても美しい。


「怪我は?」

「ないよー」


 幽霊に何かされる前に彼が来てくれたのだから、私は大丈夫なのに毎回聞いてくれる。

 彼は心優しい人だ。


「そうか、よかった」

「心配してくれてありがとうね」

「ん。そろそろ帰った方がいいんじゃないか? 明日も高校だよな」

「うーん、もう少しだけ……」


 まだ帰りたくない。彼から離れたくはない。

 夜が明ければ朝が来る。明るいのは好きじゃない。


 私は真夜中が好きだ。静かで落ち着いていられる。道路は車の通りがほとんどなく、人もいない。

 開放感を味わえるのが好きだった。


「手伝いがいなくても大丈夫なんだがなぁ」

「わかってるよ、いらないの」


 担いでいた鎌を消して彼は頭を掻いた。

 幽霊は死神の気配を察知すると逃げてしまう。それでも彼は今まで一人で沢山の魂を送ってきた。

 私がいなくても彼は一人でやっていける。


 私を囮にして狩る方が効率が良いと提案したのは私だ。

 幼い頃から幽霊が見える私は、幽霊と目が合ってしまえば襲われることを知っていた。


 最初はただの好奇心。死神という非現実的な存在に興味が引かれ、彼に関わろうとした。


 ただそれだけだった。


「いらないわけじゃない。いつも助かってる。ありがとな」

「……うん」

「コンビニ寄るか。甘いもの好きだろ。いつもの礼だ」

「えっ、あ、待ってよっ」


 彼は空中から地面に降り立ち、歩いていってしまう。

 反応の遅れた私は彼の背中を追いかけた。


 家に帰りたくない私のために誘ってくれたのだろう。

 気遣いをさせてしまっていることに申し訳なく思いながらも、嬉しく感じてしまう。


 私が家に帰りたくない理由を彼は聞かない。

 無闇に干渉してこない。深くもなく、浅くもない、その適度な距離感が私を安心させる。


 独りが好きだった。

 一人でいれば自由だ。余計なことを考えなくてもいい。好きなことができる。


 夫婦喧嘩も見たくないし、同級生の声だって聞きたくない。


 彼といる時間だけは心地良い。

 死神の彼は真夜中に現世へ下りる。


 もっと彼といたいなんて、死神の彼には言えない。困らせるお願いをしてはいけない。

 星が光る夜空の下、私は彼に会いに行く。


 真夜中がずっと続けばいいのにと望んでしまう。

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死神のお手伝い 朱ねこ @akairo200003

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