昼夜逆転
くにすらのに
第1話
「どうしてくれるんだこのクソ人間」
同居人の幼女が朝から悪態を付いてくる。
窓から差し込む朝陽から逃げるように布団にくるまり部屋の隅で震えているので全く恐くない。
なんならもうちょっとカーテンを開けてリアクションを楽しみたいくらいだ。
やはり銀髪ロリは良い。一家に一人銀髪ロリ。
おっと、これだけ言うとまるで私が誘拐犯みたいだ。
どちらかと言えば私の方が命を狙われている。
いつ血を吸われて干からびるかわからない夜を何度も乗り越えているのだ。
「我輩は日光に当たると死ぬと言っているだろう。昼間に寝て夜に活動する。そういうタイプなのだ」
「まあまあ。そんなこと言って昼間に生配信して人気者になってるじゃない」
「貴様が勝手に部屋の中を配信してるだけだろう! 我輩はただ恐るべき日光から身を守っているだけだというのに」
「そうやってガタガタ震える姿が可愛いのよ。あと、お布団の下が裸っぽく見えるのも良い! ロリコンの妄想力をかき立ててる」
私は親指をグッと立てた。
監視目的で始めた配信だったけどいつの間にか収益化もできて謎に投げ銭もされている。
生活の足しどころか家族が一人増えた分の生活費を補って余りある利益を得ていた。今年度は確定申告書しなきゃだ。
「ふっ……だがそうはいかないぞ。我輩は頑張ってお昼寝する。そうすれば貴様の寝込みを襲うことなど容易い。ハッハッハ! 軟禁生活も今日で最後かと思うとちょっと寂しいぞ」
「寂しいならいつまでもうちに居ていいんだよ? 生活費は自分で稼いでるみたいなものだし、私も家に帰ったら銀髪ロリが居ると考えるだけで仕事頑張れるし」
「まあ、血以外にも美味があるのを知れたのは貴様のおかげではあるが……って、我輩は血を吸わないと死んじゃうの! ……たぶん」
「そっかぁ。かれこれ3か月くらいだっけ? うちに来てからハンバーグやカレーをおいしそうに食べてるけど死んじゃうんだぁ」
「そ、そうだぞ。我輩の命が惜しくばさっさと血を差し出せ」
「えー? そしたら私が死んじゃうじゃない。それに私が死んだらもうハンバーグを食べられないよ?」
「ぐぬぬ……食を人質に取るとは卑怯な」
布団にくるまりながら凄んでも全然恐くなかった。
むしろ涙目になって反抗心をむき出しにするのがメスガキっぽくってそそる。
これで本人曰く300年は生きてるっていうだから吸血鬼って不思議な生き物だ。
「さあて、そろそろ出勤しなきゃ。今夜はなに食べたい?」
「貴様の血だ! 毎日言わすな」
「はいはい。じゃあ今日は給料日だしすき焼きにしようかな。なんか結婚して家庭を持ったみたい。きゃっ」
「気持ち悪い声を出すな。お昼寝の邪魔だからさっさと出ていけ」
「あんなにぐっすり寝たのに眠れるかなぁ?」
「うっさい! 貴様の血は我輩が吸うんだからちゃんと帰ってくるんだぞ」
「は~い。行ってきまーす」
お腹を痛めて生んだ子供でもない年上の幼女に見送られて玄関を後にする。
今まで憂鬱で仕方がなかった朝のこの時間も、彼女が来てからは心が軽い。
もはや生活費に関しては私が頑張るほどではないのだけど、やっぱり誰かが家で待ってくれるというのは嬉しいものだ。
***
太陽が身を隠してから数時間。世界は完全に我輩のものになっていた。
外を自由に飛び回れるし、獲物を狩るのだって容易い。
昼間にたっぷり寝たおかげで久しぶりに夜でも目が冴えている。
カツカツとドアの外から足音が聞こえた。
この3か月で嫌というほど耳にしているのでその主が誰だか間違えるはずもない。
獲物は無事に帰ってきた。が、その帰宅はあまりにも遅い。
残業というやつだろう。
我輩には関係のない概念だ。
ガチャリと鍵が開き、廊下に明かりが灯った。
「ごめん。遅くなっちゃった。あ~……寝てるよね」
イノシシはウサギを狩る時にも全力を尽くすように、我輩も絶対に油断しない。
帰りが遅いこの部屋の主を油断させるため狸寝入りとしゃれこんでいる。
「お昼寝したのに夜も寝ちゃうなんて……ごめんね。お腹空いて寝るしかなくなっちゃったよね」
鈍感な女は我輩の演技に気付いていないようだ。
まったく愚かなやつだ。
あの日の夜だって、この愚か者がニンニク臭くなければ囚われることもなかったのだ。
「明日は美味しいすき焼きを食べようね。ふわぁ……おやすみ」
真夜中に吸血鬼の横で無防備に寝るなんて、この女は本当に愚かしい。
だが、我輩にも吸血鬼としてプライドがある。
寝込みを襲ったのでは悲鳴を聞くことができない。やはり真正面からこの身に宿る絶対的な力を見せつけることこそが吸血鬼の矜持。
「貴様の愚かさに免じて我輩も残業してやろうではないか」
昼夜逆転した我輩の生活はもうしばらくは続きそうだ。
昼夜逆転 くにすらのに @knsrnn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。