宵の逢瀬

名苗瑞輝

宵の逢瀬

 目が覚めて時計を見ると、もう一時だった。

 休みだからってちょっと寝過ぎたな。そう思いながら身体を起こした。

 テレビを点けるとバラエティ番組がやっていた。とくに興味はないけれど、BGM代わりにすることとした。

 そして簡単に食事を摂りつつスマホを見るとメッセージと着信の山だった。


『何かあった?』


 それが最新のメッセージ。

 何かって何だろう。そう考えてようやく思い出した。今日はデート。約束の時間は二時。とっくに遅刻だ。

 慌ててパンを口に押し込み、着替えを済ます。髪のセットは迷ったけれど、待たせるよりも無様な自分を見せることを選んだ。

 今から家を出るとメッセージを送って玄関のドアを開けた。月の光が眩しい、今宵は満月だ。


「おっそい」


 待ち合わせ場所には彼女一人。その姿に目がくらむのは、彼女の存在感からなのか、それとも街灯に照らされるその白い肌故なのか。


「ごめん、ホントに悪かった」

「もう。じゃあ何買ってもらおっかなぁ」


 いったいどんな物を強請ねだるつもりなのか。あれこれと思い浮かべるような素振りをみせつつ、何かを指折り数えだした。


「なんにせよ、行こうぜ」

「私お腹すいたー」

「あ、ああ。そうだな」


 俺はさっきパンを食べてきたのでそこまででもないんだけど、流石に遅刻してきてそれはどうかと思うので、思ってもいないのに相槌を打った。

 そしてやってきたのは海鮮を扱う居酒屋。時刻は深夜二時を回っている。こんな時間にやってる店なんて数は限られているので、もはや常連として顔を覚えられるくらいに馴染みの店となった。

 注文したレッドアイと日本酒、そして枝豆が届いた。


「よくそんな血みたいなの飲めるよね」

「美味いぞ?」

「私苦手なんだよね、トマトジュース。トマトは好きなんだけど」


 そう言って彼女は日本酒を含む。


「それにやっぱり、この店は魚と日本酒でしょ」

「そんなもんかね」


 彼女の言う良さがイマイチ俺にはピンとこなかったが、それはお互い様だろう。

 そうこう言ううちに刺身の盛り合わせが届いた。彼女は嬉々としてそれを食べ、さらに日本酒を呷っていく。

 かと思えばエビのアヒージョが届くと白ワインを注文して「サイコー」と舌鼓をうっていた。そんな様子に微笑ましさを感じながら俺もアヒージョを口にする。ニンニクとオリーブオイルの香り、エビの旨みが口の中に広がっていく。旨い。

 その後も他愛もない話をしながら食事を続けて、互いの腹が満たされたところで店をあとにした。


「じゃあカーテンでも買ってもらおうかな」

「何だよそれ。そんなんで良いのか?」

「私には死活問題だよ。遮光で防音、ついでに遮熱だと嬉しいな」

「もうあるだろ、カーテン」

「模様替えだよ。ずっと同じじゃ飽きちゃうし」


 ならば仕方ないと、俺たちは深夜営業している店へと繰り出した。こうした買い物も選択肢は限られるけども、幸いにもこの辺りには品揃えが豊富で、かつ安さを売りにしたような店があるのでそこまで困らなかった。

 既に夜もかなり更け、朝が近づきつつあるこの時間でも、この店には意外にも客の姿は多いのも印象的だ。


「うーん、微妙かなー」


 インテリアコーナーで彼女は言う。

 ソファや棚などの家具はそこそこあれども、流石にカーテンの品揃えはあまり良いとは言えなかった。餅は餅屋と言うことだ。

 しかし彼女はそれでもあれこれ見比べ、なんだかんだ言いつつも一つを選んだ。

 そしてそれを俺が買うと、そのまま取り付けのために彼女の家へとやってきた。

 既に取り付けられていたカーテンを見ると、新しい物は少し安っぽく感じた。しかし取り付けてカーテンを閉め、一度電気を消してみると部屋の中は漆黒、思いの外遮光性はあるようだ。

 ホッとして電気を付け直そうとしたところ、背中から包まれるような感触を受けた。彼女に抱きつかれたことは直ぐに解った。

 そして次に首筋に何かが触れたかと思うと、その感覚は肩の方に向けて這うように伝っていく。


「ねえ、いいかな?」


 耳元での囁きには温かい吐息が混じり、少しゾクリと背筋に悪寒が走る。

 暗い部屋に少し目が慣れてきた。これならベッドまで行けるだろう。

 そのまま二人くっついたままベッドまで歩き、倒れ込んだ。背中に体重を感じないので俺は身を翻して仰向けになる。すると四肢をベッドに沈める彼女と目が合った。その目はまるで猫のように光り輝いて見える。


「いただきます」


 その言葉の後、中に入ってくる感覚を受ける。やがて俺の精気が吸われていくような気持ちに見舞われる。頭がクラッとする。俺の正気はそこで絶たれた。



 気がつくと、やはりベッドの上だった。時計を見ると七時だ。

 部屋は暗い。けれどかすかな明かりがカーテンの隙間から漏れ出している。

 隣には彼女の寝顔。満ち足りた表情を魅せている。いったいどんな夢を見ているのだろうか。


「おやすみ」


 眠る彼女にむけてそう言うと、俺は乱れた衣服を整え、彼女の部屋をあとにした。

 朝日が眩しい。満月とは比べものにならないくらいに。

 そしてそんな朝日が憎らしく思える。その眩しさが彼女を殺すのだから。

 しかし同時に嬉しくも思う。今まで感じなかったこの痛みが、俺の身体が彼女と同じ存在に近づきつつあると教えてくれるから。

 彼女は吸血鬼。宵闇の中を生きる、美しくも儚い生者だ。

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宵の逢瀬 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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