夜と語り合う

ふるふる

夜と語り合う

深夜2時。

ルームシューズを履いた足で音を立てないようにベランダを歩く。

家の2階にあるベランダの柵を越えると1階の屋根の上に降りることができる。

私はひんやりと冷たい柵に手をつくと、脚を上げて柵を乗り越えた。

子どもの頃、屋根の上に座ってギターを弾いているシーンをテレビで見て、やってみたいと思っていた。

流石に2階の屋根には上がれないので1階の屋根で我慢する。

親に見つかったら怒られるけど、お父さんもお母さんももう寝てしまった。

静かにしていれば起きてはこないだろう。

本当はギターを弾きながら歌いたいのだけれど、我慢する。

近所迷惑だから。

そもそもギターが弾けないし。


冷たい屋根に腰掛ける。

見上げると星空が広がっていた。


オリオン座。

冬の大三角形。

北斗七星。

カシオペア座。

たぶんあれが北極星。


厚手の靴下を履いて、コートを着てきたが、それでもしんしんと冷える。

冬の夜は好きだ。

空気が透明だから。

吐いた息は白く、吸った息は肺を冷たく刺す。

しんと静まりかえって、時々遠くを通る車のタイヤの音しか聞こえない。


今のところ誰にも見つかっていない、真夜中のひとり遊び。


銀河鉄道があれば。

銀河鉄道があるのならば冬に乗りたい。

大気圏に入る前に街並みを見下ろしたい。

地上を見下ろすならば冬景色が一番だ。

そして、宇宙はきっと冬に似ている。

銀河鉄道の車内の重力はどうなっているのだろう?

地球と同じ重力になっているのか、無重力なのか、それとも某ロボットアニメみたいに手すりにつかまってスーッと進める感じなのか。

乗ってみたいなぁ。


屋根の上で何をしているのかというと、夜と会話しているのだ。

私の声は小さくて空に届く前に溶けてしまうけれど、夜は静寂で語りかけてくれる。

この時間、私は夜の一部になる。

『夜』という絵画の端に描かれた人物。

きっと近づいて見なければ分からないくらい小さい。

巨大な絵画の一部。


私はこの時間が好きだ。

睡眠よりも食事よりも大切な時間。

この時間で、私は私の中に溜まった善くないものを浄化するのだ。

入浴に近いかもしれない。

お風呂で身体を洗い、夜と語り合うことで心を洗う。


いつか、高い山のてっぺんで夜と会話してみたい。

空に近いところで、私はギターを弾いて歌って、その後は夜の声に耳を傾けるのだ。

ギターを弾けるようになろう。

バイト代の一部は貯金している。

そろそろギターが買えるくらい貯まっただろう。

登山も出来るようにならなくちゃ。

バイト先のおばさんの旦那さんが山男らしいから、今度聞いてみようかな。


夢は果てしなく、私の小さな野望はふくらんでいく。

そろそろ指先が限界だ。

凍えてちぎれそう。

次は手袋もしてこよう。


私は空に向かってハーッと息を吐く。

白い息が煙のように上っていく。

すうっと夜闇に消えていくのを見届けると、私はベランダの柵を越えて部屋に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜と語り合う ふるふる @rainbowfluorite

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ