第5話
狸のお宿
淀んだ空気に顔を顰めてパーカーのフードとマフラーを目深に被った。
少し進むと古びた一軒の二階建ての建物に人の気配を感じて、おそるおそる、引き戸を開けた。
「ごめんくださ〜い」
建物の外見に似合わず中はキラキラとした駄菓子や保存食、薬などが綺麗にガラス瓶に入れられ置かれていた。
その中で目を引いたのは糸引き飴だ。
「糸引き飴だ〜」
糸の先に大小様々な飴が付いていて瓶に入っていて、瓶の口から何本もの糸が束になって出ていてどの糸が当たりの大きな飴に繋がっているのか分からないようになっている、飴を見つけた。
子供の頃、学舎に通う子供を羨ましく眺めながら祖母に連れられて駄菓子屋に買いに行ったのを思い出した。
「こんにちは」
店の奥の勘定所に入っていく。
そこには、身長100cm位の薄汚れたクマが立ち上がり、白髪交じりの狸耳族のおばあさんと干し肉の取り合いをしていた。
「スイマセン」
楽しそうな光景にフフっとこころ和ませフードを取ってにこやかに声を掛けた。
「なんだい、ロップイヤーのうさ耳かいこの島の者じゃないね、この島じゃうさ耳と言ったらアマシロ一族かアマコク一族に連なるものしか居ないからねぇ」
おばあさんは、チラリとスヴァルを見て直ぐにクマと睨み合って返事をした。
困って眉尻を下げた。
ーー父様に正体はバレちゃいけないって言われたんだった、どうしよう。
そうだ、ゴジョウ兄様の道場があるフロティス七賢国出身ってことにしよう。
「ユーフォレシア大陸にありますフロティス七賢国マノ州の出身です、ダンジョン巡り腕試しをしてます」
「見ての通り、こっちは忙しいんだよ」
「はい、忙しそうですね、差し出がましいのですが、そちらの干し肉を半分こにしたら如何ですか?」
「ほんと差し出がましいね、こっちはこの干し肉は明日の夕飯まで食うんだよ、一昨日街を逃げ出してやっと落ち着いたところなんだよ、食料は非常食しかないんだ」
クマも余計なことを言うなとばかりにフンガと、鳴いた。
「では、私が持っているイノシシ肉を差し上げますので、喧嘩を止めて糸引飴売って下さい」
お婆さんの顔がパァッと明るくなった。
「いいのかい、返せといったも返さないよ」
「はい、と言っても2kg程ですが、いいですか」
母のマジックバックから採れたての肉を取り出し台に置いた。
クマがコトコトとスヴァルの足にすり寄ってきた。
こっちの方がご飯が貰えると思ったに違いない。
トランクからハズレくじで引いた干し肉を取り出してそのクマに手渡した。
クマが座って両手でバリバリと食べだした。
フッて笑ってクマの頭をしゃがんで撫でる。
おばあさんはイノシシ肉を奥の部屋に仕舞いに行って戻ってきた。
「そういやぁ、糸引き飴が欲しいんだって言ってたね、今回は助かったし、特別なものを出してやろうね」
ーー特別な飴!なんだろう楽しみぃ
うんうんと頷いて目をキラキラさせる。
おばあさんが勘定所の後ろにある、引き出しが沢山ある棚の一つから、袋を取り出し、はいよ、って感じに袋ごと手渡した。
袋の中にウサギ形の様々な色の飴があり、その飴から糸が出ていて可愛い。
「うさぎの形の飴なんですね、1回幾らですか?」
「何言ってんだい、あんたはバカなのかい、肉を貰っておいて飴の代金を取るなんて恩を仇知らずなまね出来ないね、袋ごとくれてやる。
あんたダンジョンに行くんだろ。夜は辞めときな魔獣達が活発に動き出す。二階は客室だ、泊まっていきな。宿賃はちゃんと頂くよ」
ーーどうやら口は悪いが、肉のことを感謝していてくれているらしい。
でも宿賃はちゃんと取るんだねっ。
苦笑してから「はーい」と返事した。
外はだいぶ日が落ちていて夕焼けが店内を照らしていた。
ーー人を相手にするより、魔物の方がいくぶんか気が楽だなぁ、、、。
きっとオッソ領主城に行ったらきっとミツバちゃんが待ち構えている。
必ずオッソ領主城には行かなくっちゃ行けないけど、今は会いたくないなぁ、、、。
あれは、まだ先代のベアード王が御存命の頃、2年に1度、島1番の剣豪を決める大会で王都にある武道館に腕に覚えのある者が一斉に集まった。
その昔、真剣で戦っていたが、余りにも死者や負傷者が出たため今では竹刀で行われている。
準々決勝で戦ったのがアマコクミツバの妹の私と同い年のヨツバだった。
アマコク家の巫女はアマコク内で最も強い未婚の女がなる。
その頃先代の巫女が亡くなりミツバとヨツバが争いミツバが、巫女なっていた。
準々決勝からは御前試合で願えば取り立てて貰う事が出来る。
ヨツバは王家家臣になる為に力んでいたのだろう、
呆気ない試合になり、試合が終わった後控え室にヨツバがやって来た。
『魔術一つもの使えない、あんたなんか実戦では私が勝つから、次の試合ミツバお姉様に負けるといいわ』
と言って去っていった。
ーー次の試合はゴジョウ兄と当たったんだったなぁ
魔術ひとつも使えないかぁ、、、。
その後、ヨツバは自殺した。
私に負けたことが原因だと思われる。その事でミツバが荒れて私を恨んでいるという噂が伝わってきた。
あの試合の後に王が暗殺され、ウル王の後見人争いでオッサ公爵家とオッソ公爵家が戦になってしまったため、ミツバと会うことが叶わなくなってしまっている。
クマを撫でながらぼんやりとしている。
奥の部屋からイノシシ肉の煮た匂いが漂ってきた瞬間、クマと私は匂いが来た方を向いて、フラっと吸い寄せられるように、部屋に入った。
「オヤ、匂いに釣られてうさ耳とクマが釣れたよ」
おばあさんが、カッカッカッと豪快に笑った。
「まだ、下処理が終わってないからね、ちょっと待ちな」
おばあさんが火加減を見て、食器棚の上のブリキ缶を出して、台所のテーブルに置いた。
「イノシシの煮込みが出来るまで、揚げ餅でも食べな」
カラカラに乾かした1口大の餅を油で揚げたものだ。
クマに幾つか渡して一欠片を口に放り込んだ。
「うんまー」
おばあさんはスヴァル達に背を向けたまま、嬉しそうにフフフっと笑った。
ーーとっても嬉しそうだなぁ。
「料理手伝いたい」
おばあさんがスヴァルをちらっと見た。
「そうかい。あんたの持ってきた肉はちゃんと血抜きがしてあってかなりいい状態だ、水と塩で煮零して、お湯で洗うんだよ、そうすると臭みが和らぐからね、あとは香草とか酒とかで漬けるんだよ、分かったかい」
ーーおばあさんの声、優しいなぁ。
チラッとおばあさんを見ると優しい笑顔で涙していた。
「おばあさんどうしたの?」
「昔オッサ領に嫁いだ娘を思い出してね、
今じゃオッサ領じゃあ人頭税と夫役とそのほかに、国に納める税があるそうだ。収入の7割も持っていかれるらしいんだ。
何とか助けてやりたいが、オッソの街がなくなっちまったんじゃ、こっちに招いてやることも出来やしない」
おばあさんがため息を吐く。
「おばあさんはオッソの街に住んでいたんですね、新しい島に移住しなかったんですか? 」
おばあさんがカッと目を見開いた。
ーーあれ、まずいこと言っちゃったかなぁ?
「全く、最近の若い子はおばあさんにおばあさんって言うんじゃないよ、まったく、シナンと呼びなっ。
今更、新しい島なんてゴメンだね、それに娘が心配だ、ここを離れる気はないよ」
「シナンさん、私はスヴァルです。
よろしくお願いしますね」
足元で揚げ餅を食べているクマが、自己紹介をしているみたいにフンガと鳴いた。
「そうかい、スバルさんだね、そっちのクマはフンガだね」
それを聞いたクマがフンガフンガと抗議した。
「なんだい、文句があるなら人の言葉で伝えな」
シナンがクマに向かって怒鳴った。
クマも負けじと先ほどより大きな声でフンガフンガと鳴く。
「あっ、あのう、この子アルって名前見たいです」
ためらいながら二人に割って入った。
フンガと嬉しそうに鳴いた。
「へぇあんた、クマの話してることがわかるのかい」
「はい、なんとなくですけど」
「じゃあクマだね」
アルがフンガーーーと叫びながらシナンに飛びかかった。
それをシナンが片手でアルの鼻先を抑えて止めて、その間にスヴァル割って入った。
ーーなんだかんだ言って、仲がいいんだねぇ
店の入口がガラガラっ勢いよく開いた。
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