真夜中は気まぐれ

山本アヒコ

真夜中は気まぐれ

 真夜中は気まぐれだ。

 あんなに食べたのに腹が減る。あんなに酒を飲んだのにまだ飲む。映画を観ようとしていたのにゲームをする。寝ようとしたのにコンビニへ行く。

 

 優柔不断とはまた違う。さっきまでは本当にそうしようと思っていたのに、まったく違うことがしたくなる。

 ラーメンを食べようと思ったのにピザ。ネットで生活用品を注文しようと思ったのに服を買う。読書をしようと思ったのに音楽を聴きはじめる。


 その当日の出来事ならまだしも、何日も前から決まっていたことさえ変更してしまう。

 メールや電話での確認、打ち合わせの時刻、そして締切。


「ゆかりちゃーん。そんなに急がなくてもいいじゃんかー」

「何を言ってるんですか! 先生が時間ギリギリまでここで書きたいっていうから待ってたせいですよ! 走らないと新幹線が出ちゃいます!」

 大きなキャリーケースとそれより一回り小さいもの二つを持った背の高い女性と、背が低くノートパソコンを抱えた女性が走っている。

「もうダメ……走れない……」

「運動不足だからです。ほら早く!」

「ひぃ……」

 背の高いほうの女性はキャリーケースを両手に持って、軽快な足どりで階段を駆けあがる。しかしもう一人の女性は、階段の下で立ち止まり肩を上下させていた。

「もうやだ。私、行かない」

「先生が静岡のホテルでカンヅメしたいって言ったから予約したんですよ!」

「気が変わったの。長野がいい」

「いい加減にしてくださいっ!」


 小説家、真夜中は今日も気まぐれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中は気まぐれ 山本アヒコ @lostoman916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ