ハレルヤ!

友坂 悠

月光。

 初めて奴を見たのは月光が降り注ぐ真夜中の校庭だった。


 いや、初めてっていうのは本当は語弊がある。それまでも如月とは普通に同級生として接していたし、言葉も交わした事があった筈。

 しかし。

 その夜は特別だったのだ。

 まるで異世界かと思えるような神秘的な光景の中佇むその如月玲矢きさらぎれいやの姿を目撃した時、俺の心に衝撃が走ったのだ。


 深夜の校庭なんて今時入り込むのは大変なのにそれでも今日は特別。全ての時間が止まったかのように静かになった刻を声に誘われやってきたその場所に、奴は佇んでいた。


 こちらを振り向き俺を見るその眼が銀色に鈍く光る。


 月明かりが眩しく降り注ぎ、まるで天から迎えでも来たかのように彼を照らしている。真っ赤な唇がにッと動き、八重歯? のようなものがちらりと見えた。


「ようこそはる、僕の世界へ」


 そう呟くように囁いた玲矢の声は、俺の心の中に染み込むように響いてきた。


 綺麗、だった。


 あまりにもその現実離れした状況にまともな精神状態を保つのは難しかったけれどそれでも。


 彼が、玲矢が、その銀色の世界で凍るような美しさでこの俺を見ている。その事実に心が震えた。


 恐怖? 嫌、喜びで、だ。







 吸血鬼。バンパイヤ。


 そんなものが今時のこの世界に本当にいるなんて、きっと誰も信じていないだろう。


 不老不死であり至高の存在である彼らの事は、この世界の大多数が知らずに生きている。


 御伽噺の、小説や映画の中だけの存在だと思っているのだから。


 しかし、俺は知っている。


 彼らが人知れずひっそりと誰にも迷惑もかけずこの世界に存在する事を。


 そしてほんの少し、魔をはらってくれている事を。




 人の心には、いや、誰の心にも、魔が少なからず存在する。


 彼らバンパイヤはその魔を吸う。それが彼らの生きる糧になるのだから。




 人知れず、そんな人々の魔を吸う事で彼らは生きながらえ。


 そして人はそのおかげで真っ当に生きることができているというのであれば、そこには利点しかない筈だけれど。



 それでも人は怖いのだ。そんな吸血鬼という存在が。


 恐怖というものは人の間に染みつき取り除くことはできずにいた。






「君は、僕を退治しに来たの?」


 そう悲しそうに言う玲矢。


 いや。そんなつもりは無いよ。俺は、だって……。


「ここまで綺麗なお前を見るのは初めてだな……」


 そう、素直に言葉に出ていた。


 月が綺麗だなとかなんとかもっと洒落た言葉だってあっただろうに、ね。



「なあ。俺のパートナーになってくれないか?」


 単刀直入にそう切り出す俺。


「それって君の仕事の?」


 そう返す彼に、


「もちろん、両方さ」


 そう答えた。




 魔を払うのが俺の仕事。俺、阿倍野晴あべのはる


 現代を生きる陰陽師の俺。



「そっか。それなら嬉しいよ。僕で良ければ……」



 そう微笑む彼の姿は月明かりに溶けてしまうんじゃないかと思うほど、神秘的で綺麗だった。



    end

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ハレルヤ! 友坂 悠 @tomoneko299

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