074:冒険者たち②


 ~ 『勇猛なる猪牙』ラッシュタスク視点 ~





「だから言ったでしょう! ルードはスゴイんですのよ!!」


「……マジかよ。そりゃ、お嬢が気に入るワケだぜ」


 上空に広がるその光景を前に、リリルルは歓声に近い声を上げていた。

 頬を赤らめたその顔は恋する乙女そのものであるが、フィートはそれをからかう余裕もなかった。


 不吉な暗雲から現れた巨大な闇の隕石メテオが町に降ってくる。

 それを見たこともない結界が防いでいた。


 闇が光とぶつかって、爆ぜる。

 結界の中にその衝撃音は全く聞こえない。


 ただただ異次元の魔術合戦の様子を見上げるのみである。


 結界の外ではとんでもない事が起きている。


 全員が魔術と剣術を高レベルでおさめた魔術剣士の集団であるリリルルたち『勇猛なる猪牙』のメンバーは誰よりも早くそれが理解できた。


 ちょうど、リリルルたちは任務を終えてギルドに戻ってくるところだった。

 後少し戻るのが遅ければ、結界の外で衝撃に巻き込まれていたかも知れない。

 

 超高次元の結界、それを打ち破らんとする闇魔術。


 ルードが対峙しているのは巨大な黒い闇の塊だ。

 似たようなモノに遭遇したばかりだったリリルルたちはその正体に察しがついていた。


 虹色の魔人。

 あの封印から蘇った魔人がどういうワケかこの町へやってきたのだ。


 だが、ある意味では人類にとって幸運だったとリリルルは判断する。

 他の町に現れていたら、ルードがいない場所に現れていたら、どれだけの被害になったのか想像すらつかないのだから。


 隕石が破壊され、黒い雨が降り注ぎ、そして巨大な魔人が姿を現した。


 これが魔人の本体。


「なんて巨大な……見たことのないくらいほどの悪意の塊ですわ……」


「おいおい、冗談だろ? しゃれになってねぇぞ……」


「アレに出会ってたら本当に死んでたねー」


 リリルルたちは思わず息を飲み込んだ。


 封印のダンジョンで出会ったのは、やはり残滓の1つに過ぎなかったのだ。

 魔人がリリルルたちを相手にしなかったのはただの気まぐれのようなものである。


 魔人は心に闇を抱えた人間を好む。

 その場にはすでに魔人好みの人間がいて、だからリリルルたちには興味を持たなかった。


 どうでも良かったのだ。

 

 そうでなければ『勇猛なる猪牙』というパーティはその場で全滅していた。


「ひ、ひぃ……」


 その悪意に触れたことのあるパフは、姿を見ただけで心が折れそうになるくらいだった。


 結界の中に異形のモンスターが侵入し始めたのはそれからすぐだった。


 人間の死体を傀儡くぐつのように使った悪趣味なモンスターと、強力な亜人。

 どちらも生半可な実力では太刀打ちできない強敵だ。


 パーティのリーダーであるリリルルと、切り込み隊長を自負するフィートはすぐに馬車から飛び出した。


 町の人たちを守るのは彼女たちにとって何よりも優先すべきことである。


「ミグ、その子を頼みますわよ!」


「まかせてー」


 移動用の馬車にはミグとパフが取り残された形になり、その馬車を守るようにリリルルとフィートが陣形を作る。


 そんなリリルル達の前に現れたのは2体の亜人だった。


 スキュラとアラクネ。

 変わり果てた姿となったパフの仲間、シーンとメイである。


「えっ、うそ……どうして……!?」


 それは全くの偶然であったが、メイとシーンはパフを逆恨みするかの如く馬車を狙って現れたのだ。


「フィート、こいつらヤバイですわ! 人間の姿に惑わされてはいけませんわよ!!」


「わかってるっての!! アタシはいつだって全力だぜぇぇぇ!!」


 瞬時にその力量を見抜くリリルル達だったが、Aランクパーティである2人の連携すらも圧倒するのが魔人の力によって生み出された亜人の力だった。


 1体でもSランク。

 それが2体で、しかもパーティを組んでいた人間の時よりも遥かに高度な連携で襲いかかるのだ。


 それはSランクパーティですら圧倒されるレベルの危険度だった。


「クッ……強い、ですわっ!!」


「マジヤベーぜ!!」


 2人は善戦するも、力の差は大きい。

 ダメージは増え、動きが鈍る一方だ。


 ジリジリと追い詰められていく。

 それはリリルル達だけでなく、町全体がそうだった。


 町が恐怖に飲み込まれそうになる時、まるで神の加護のように光が降り注いだ。


 それは冒険者たちに寄り添うように力を与え……


「なんですの、これは……【補助魔術】!?」


 リリルルはその魔力に覚えがあった。

 ルードに感じたオーラだ。


「……もしかして、ルードですの?」


 振り向けば、空に昇っていく黒い小さな影が見えた。

 普段とは違う黒いマントを羽織っているが、それは間違いなくルードだと直感する。


「おいおい……なんだよ、これ。力があふれる。こんな【補助魔術】受けたことねぇぞ? これなら、負ける気がしねぇ!!」


 そこからの形勢逆転は一瞬だった。


 ルードの加護を受けたAランクパーティの実力は、もはやSランクパーティすら超えていた。


 ついさきほどまでの苦戦が嘘のように、2人は亜人を圧倒する。

 その力に怯えるように亜人たちはその場を去っていった。


「深追いは無用ですわよ! それよりも町の人々を!」


「わーってるっての! みんなケガはねぇか!?」


「だいじょーぶ。冒険者ギルドの方に強い魔力が集まってるねー」


「わかりましたわ! 援護しますわよ」


 リリルルたちは多くの人々が避難しているであろうギルドへと向かった。


 その馬車の中で、捕虜として戦う事もできないパフは町の景色に唖然あぜんとした。


「これがルードさん……いや、ルード様の【補助魔術】なんですね」


 パフが見ていたのは町の冒険者たちのオーラだ。


 それはあの日、Sランクパーティ『黄金の薔薇』ゴールデンローズに加入した日の夜にパフが最初に見た彼らのオーラだった。


 トランたちの話があまりにもムチャクチャだったから、もうルードという人物は架空の存在かとさえ思った。


 でもそれは違った。

 そんな神がかった魔術師が本当にいたのだ。


 ルードという魔術師は本当にたった1人でSランクパーティを作り上げていたのだ。


 そして今度は、町そのものに【補助魔術】をかけるなんて前代未聞の偉業をやってのけている。


「すごすぎますよ、ルード様……こんなのを見せられたら、変わってしまいます。私の世界が、魔術の常識が何もかも変わってしまいます……!!」


 もはやそれは、誰も知らない魔術の領域である。


 パフは自らの体に受けた【補助魔術】に、今まで自分が持っていた夢を砕かれたのを感じた。


 そしてそこには新しい夢が芽生えていく。


「……パパ、ママ。私はやっとわかりました。この人なんですね。ルード様こそが私の目指すべき魔術師の姿なのですね!!」


 パフの心に巣くっていた魔人の恐怖を、大いなる希望が塗りつぶした。

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