071:誰も知らない①


 魔人が生み出した肉人形には2つの種類があった。


 1つはメイやシーンのように異形の亜人と化した肉人形。


 師匠が言うには、それなりの身体能力や魔力を宿した人間をベースにしたモノ。


 もう1つは死体の中に魔人の魔力を隠した、結界を抜けるための入れ物としての肉人形。


 亜人としても使えないと判断されたモノの末路らしい。

 その肉人形からは魔人から切り離された魔力が飛び出し、そして死体にまとわりついて動かしている。

 ゾンビとも違う、奇妙な闇の操り人形だ。


 それらの侵入により、町の中は阿鼻叫喚の地獄絵図と化そうとしていた。


「きゃあああああああああ!?」


 1人だけ空から観戦しているわけにもいかない。

 俺は急降下し、町の人を襲っていた肉人形を無詠唱の【火矢】ファイヤーアローで消し飛ばす。


「あ、ありがとうございます!」


「冒険者ギルドへ逃げろ」


「は、はい!」


 死体かどうかがわかりやすいのは不幸中の幸いとでも言うべきか。


 こいつらはもう、盗賊と同じだ。

 人の姿をしているだけで、中身はモンスターなのだ。


 そう考えると躊躇はいらなかった。


 が、肉体を消し飛ばしても魔人の魔力が消えない。


「どうなってる……?」


「ヤツの魔力は全ての属性を持ち、そしてあらゆる属性を無効化する。ゆえに虹色の魔人と呼ばれているのだ。形を崩しても何度でも蘇るぞ」


「だから師匠が封印してた?」


「そういう事だな。物理攻撃も魔術も効かんのではワシにも倒せん」


 師匠はどこか拗ねたような口調だった。


「もう一度封印すれば亜人にされた人たちを助けられないか?」


「……可能性はある。だがアレはもう死んでいると思った方がいいぞ。肉体的には生存しているが、精神は死んでおるだろう。いや、死ぬより悲惨な目にあってるかもしれんな。精神攻撃は魔人の得意分野だ。まともな人間には耐えられん」


 心を砕かれるような精神攻撃らしいからな。

 もしかしたら死んだ方がマシだと思っているかも知れない。


「それでもまだ命が助かるなら、俺は助けたい」


「まったく甘ちゃんだな。まぁ、良い。嫌いではないぞ、その手の甘さはな」


 呆れたような口調だが、その声色はやさしいものだった。


「ありがとう」


「だが、それなら急いだほうが良いな。時間が経つほど魔人の魔力との結びつきが強くなる。そうすれば助かる確率も低くなっていくぞ」


「わかった。どうすれば封印できる?」


「まずは魔人の核を探す。本来なら結界を変形させてヤツの魔力を丸ごと封じるつもりだったが……今のヤツでは肉人形を使って結界から逃げられる可能性がある。まずは核を探し、そこをピンポイントで狙って強力な結界で閉じ込めるしかないだろうな」


「その核って見抜けるのか?」


「無理だな。ワシでも魔人の核の判別はつかん。ヤツは存在が魔力その物だからな。核も同じ魔力で出来ている。同じものを見分けるなど不可能だろう。魔人の厄介な所だな」


「肉人形を消耗させるってのはどうだ?」


 入れ物がなくなれば結界から逃げられないハズだ。


「ヤツもバカじゃない。奥の手として数体は残すだろう」


 膨大な魔力の中から全く同じ魔力を分別するなど不可能だ。

 何か魔人の核としての特徴があるのかもしれないが、俺は知らない。


 師匠も見抜けないというのだから、もしかしたらこの世界の誰も知らない可能性すらある。


 どうすれば……


「あ、あの……わたし、もしかしたら分かるかも知れないのです」


 スーがおずおずとそう言った。


「なに?」


「さっきは怖くてわからなかったですけど、今はわかります。あの魔人の中に少しだけ違う匂いがするのです」


「魔力の匂い、だと……? そんなものが……いや、あり得るか。色があるくらいだからな。考えた事はなかったが、匂いがあっても不思議ではない。ふふ、面白いな!!」


 師匠の声が踊る。

 その気持ちは理解できた。


 こんな時でも新しい発見には胸が躍ってしまうのは魔術師のさがだろう。


「確かにスーの嗅覚なら……」


 スーの嗅覚は人間とは比較にならない。

 そのスーなら俺たちにはわからなかった違いがわかるかも知れない。


「だったら作戦は簡単だ。ヤツはどこかのタイミングで結界の中に侵入してくるハズだ。そこを捉える。そしてギッチギチに封じ込める。それで終わりだ」


「なら俺があぶり出そう。死体の方の肉人形を片っ端から倒していけば……」


「いや、ワシらは核を探すのに専念した方が良い。もしもヤツの侵入に気づくのが遅れたら、魔人の本体が結界内で暴れることになる。そうなれば一瞬で町が消し飛ばされる事態になりかねんぞ?」


「そうか……」


 確かにそれはリスキーだ。

 見逃してしまった時の代償が大きすぎる。


「それにお前には封印の準備もしてもらわないといけないからな」


 あのメイやシーン単体でもSランク級の危険度だろう。

 他の肉人形も決してザコというレベルではない。


「……だったらみんなに任せるしかないな」


「そうだな。だが、良いのか? お前なら余裕で倒せても、ギルドの連中だけでは歯が立たんだろう。Sランクの冒険者がパーティ組んでもギリギリってところか……被害は小さくないぞ」


 そうするしかないと分かっていても、師匠は俺を心配してくれていた。


 もちろん町に被害が出るのはイヤに決まっている。


 だから……


「いや、みんな助けるさ」


 Sランクパーティが必要なら、この町をSランクパーティにすれば良いだけの事だ。


「補助は得意な方なんだ」

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