056:Cランクでも良いから②(追放サイド)


「あそこは極秘と言うより、忘れられたダンジョンなんだってよ」


「ずっと昔から封印され続けてるらしいからな。封印が解けたら街が何個も消し飛ぶくらい危ない魔人らしいから最初は厳重に警備されてたって話だが……」


「そもそもが昔話だからな。俺たちが生まれた時にはもう封印されてたんだぜ? 魔女マーリンが封印したとかなんとか……神話時代の魔女の名前を出されても嘘くせぇって話だよ」


「それも時代の流れと一緒に忘れられていって、今では警備もあってないようなものだ。王国だって人手が余ってるわけじゃない」


「マーリンのカードって言われてる札が剝がれると封印が解けちまうんだっけか? たまに見回りで札のチェックをしてるらしいが、それもどこまで本当なのか」


「ま、封印が解けたことなんてないワケだし。そもそも魔界に近い場所だから誰も近づかないしな。隠し通路を知ってるヤツも少ないんだろ?」


「っていうか実在すんのかよ、隠し通路なんて」


「空間圧縮による疑似転移通路ワープロード。それ自体が古代の魔道具オーパーツってか……いかにも都市伝説的だな」


 王国の騎士どもを飲ませて手に入れた情報たち。

 本来ならルードに割り振る報酬が酒代に消えたが、パーティが稼いだ金なんだからパーティの役に立つように使うのがリーダーの役目ってもんだろう。


 そのおかげで今このチャンスがあるんだからな!!

 

 騎士どもの噂話が本当なら、封印は誰にでも解ける。


「良いぞトラン。こちらは準備万端」


「いつでもいけますよ~」


「ハァ、ハァ……私も魔力を全て注ぎ込みましたからねっ!!」


 魔術師組も準備ができたらしい。


 3人がかりで作り上げられた聖なる炎。

 ダンジョンの通路を塞いでしまうほどの巨大な光の火の球だ。


 よし、準備はできた。

 後はこれをぶち込めば終わりだ。


 それでSランクパーティの栄光が俺さまの手に戻ってくる!!


「行くぜ…………封印解除!!!!」


 俺さまは封印水晶の真ん中に貼られていた一枚のカードを引きはがし、ダッシュで逃げる。


 なにせ3人がかりの大魔術だからな。

 こんなのに巻き込まれたらマジで死ぬぜ。


 そしてカードが剥がれた瞬間、水晶が砕けた。


 このカードが伝説の魔女マーリンの作った封印札らしいが、触ってみたらただの紙切れだったぜ。

 どうせ大した封印じゃないんだろう。


 砕けた水晶の中で小さな影がうごめいた。


 さぁ、魔人殺しの始まり…………


「だ?」


 いつの間にか俺さまは地面に倒れ込んでいた。


 一瞬の事で意味が分からない。


 あれ?

 逃げないと。


 魔術に巻き込まれちまう。


 なんで?


 足が動かなかった。

 震えて力が入らない。


 ただ何かを感じる。


 それはとても黒くて暗くて寒い気配だ。

 全身を無数の虫が這いあがっていくような圧倒的な不快な感じが脳の奥にまで染みこんでくる。



 魔人。



 コイツは、ヤバい。



 初めてモンスターと向かい合った時も、あのゴブリンゾンビキングに殺されかけた時も、死の恐怖を感じた事は何度かあった。

 だが心のどこかでまだ信じることができていた。


 俺さまは選ばれし勇者だ。

 だからどんなに困難だろうと何とかなるんだ、と。


 その自信すらも粉々に砕かれた。


 俺は生まれて初めて感じる真の恐怖というものを理解したらしい。



 本当に殺される!!!!!!!!



「ひ、ひぃいいいっ…………!!」


 それを自覚すると体が動いた。


 魔人に背を向けて全速力で走る。


 剣なんていらない。

 装備も仲間も全て捨ててしまっていい。


 この圧倒的な恐怖の前に、そんなもの無意味だからだ。


 あいつらの魔術はどうなった?


 いつの間にかダンジョンの中には何もない。

 あれだけ濃密だった火と光の熱は消え去り、ただただ冷たい気配に満ちている。


 1秒でも早くここから逃げるしかない。

 俺はそれだけを考えた。


 魔力の使い過ぎで動けないであろう3人を囮にすれば俺だけは逃げられるだろう。

 少なくともパフは走って逃げられるような状態じゃなかった。


 本当に連れてきてよかった。


 死にたくない。

 終わりたくない。


 まだ俺は……………………


「ぐぎゃあっ!?!?」


 突然なにかにぶつかった。

 周りの水晶がぐにゃりと歪んで、いつの間にか目の前には透明な水晶の壁ができていた。


 ここは一本道のダンジョンだ。

 他に逃げる道などない。


「なっ……なんなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」


 水晶には涙と鼻血でぐしゃぐしゃになった情けない俺の顔が映りこんでいた。


 なんで……なんでだ!?

 なんで俺がこんな目にあうんだ!?


 いくら拳を叩きつけても水晶はビクともしない。


 暗闇が背後から迫っている気がした。


 全身が凍り付きそうなくらいの寒気がする。


 こわい……。


 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい!!!!!!


「いやだああああああああああああ!! ここから出してくれえええええええええええええええ!!」


 Sランクパーティじゃなくて良い……Aランクでも、Bランクじゃなくても良い!!

 もうCランクでも良いから!!


「だから許してくれええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 水晶の壁が黒く染まっていく。


「ぴぎゃあ!?」


 水晶に映る俺の顔がニヤリと笑っていた。

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