054:もしかして……④


「わ、わたしはご主人さまの奴隷なのです!! だからご主人さまだけのモノなのです~~~!!」


「と言うわけでスーは人見知りなんだ。あまり激しいスキンシップは控えてもらえると助かる」


 師匠にスーのことを説明すると、やっとスーから離れてくれた。

 なんとか落ち着きを取り戻したようだ。


「ハァハァ……なるほどなぁ……じゃあ記憶を書き換えてワシのモノにしても良いか? トラウマも消えるからウィンウィンだろ?」


「いやダメだろ!? 怖いな!!」


「なんだよ、ジョーダンだろ? そんなに怒るなよ」


 いや本気でやりそうで怖い。

 簡単にやってのけそう、というか実際にやってのけるだろう。


 そんな悪い人ではないと思いたいのだが……得体の知れない人ではある。

 とりあえず「可愛い幼女に目がない」と言うことは発覚したが、それ以外はかなり謎めいた人物だ。


 スーが本気で怖がっているので少しはフォローをしておこう。

 

「スー、この人は俺の魔術の師匠みたいな人なんだ。俺が読んでた魔術の本を書いた人でね」


 今度はスーに師匠の事を説明する。

 そもそもの今日の目的もスーのための魔術書を手に入れる事だった。


 そしてそれはすでに達成されている。


「だからこれ、俺からのプレゼントだ」


「ありがとうございますなのです!! 一生大切にするのです!!」


 師匠から貰った本の1冊をスーに渡すと、スーはそれを大事そうに抱きかかえた。


「ふむ……それを読むのなら、ついでにこれもくれてやろう」


 そう言って師匠はどこからともなくメガネを取り出した。


 よくある丸い形のメガネだ。


「その本を読むのなら魔力が見えるようにしていた方がいい。特殊なレンズでな、このメガネをかければ魔力が見えるようになるぞ」


「え? スーは魔力が見えないのか?」


「は、はいなのです。なんとなく力は感じられますけど、ハッキリとは見えないのです」


 そうだったのか。

 魔力の説明をした時にも理解は示していたから、俺と同じように見えていると思い込んでしまっていた。


「魔力を感じる事と魔力を見ることは似ているようで全く違う。どちらも当たり前に出来る小僧には少し理解するのは難しいかも知れんがな」


「そうだったのか。てっきり師匠もスーにはメガネが似合うと思われたのかと……」


「いや、お前なぁ…………全くその通りだな??」


 俺の気持ちはしっかりと伝わったようだ。


 次の瞬間、師匠は一瞬にして数十種類のメガネを虚空から生み出していた。

 同時に目の前にスーの身長に合わせたテーブルと鏡が出現する。


 一瞬にしてメガネ用の試着コーナーが完成したのだ。


「娘よ、好きな形状を選ぶが良い」


 それは錬金ではない。

 無からの創造だ。


 魔術師はそれを魔術とは呼ばない。

 もはや魔法の領域。


 魔法使い。

 俺の脳裏に浮かんだのは今は存在しない名前だった。


 やはりこの人は得体が知れない。


「おい小僧、あの娘に魔術を教えるつもりか?」


 スーが眼鏡を選んでいる間に師匠がそう聞いてきた。


「お前は今さら入門書が必要なんてレベルにはいないだろうからな。わざわざ入門書を探すとはそういうことだろ?」


「まぁ、スーが興味を持っているみたいだからな」


「なるほどな。だがあの娘が求めているのは本当に魔術か? ワシにはそうは見えんが」


「……?」


「魔術を知りたいのではない。お前に魔術を教えてもらいたいのだ。この差はでけーぞ?」


「…………良く分からない」


 俺は自分が人間関係に疎いのは理解している。


 今まで人と積極的に関わる事をしてこなかったからだ。


 俺にとってパーティの仲間だけが全てだった。

 だから今、新しく触れる別の関係に少し戸惑っている。


 出会ったばかりだというのに、師匠にはそれを見透かされているようだった。


「ん~、お前は似ているな。昔のワシに」


 師匠は少し呆れたようにそう言った。

 俺からしてみれば最上級の誉め言葉なんだが。


「小僧、お前の魂は迷っている」


「……魂が迷っている?」


 急に難しい話をされた。

 やけに抽象的な話だ。


「自分では分からんもんだよな。無意識レベルの根深い所で、だよ。魔力は魂の力だからな。ワシくらいになると魔力を見ればその人間の状態が分かる」


 師匠が言うと説得力がありすぎる。


「ワシも昔にはそうだったからな。だが戦うだけが魔術の使い道ではないし、ダンジョンだけがこの世の全てではない。お前も、もっと世界を知ると良い。あの娘はその手助けをしてくれると思うぞ」


 そう言う師匠の眼は、今この場所よりももっと遠くを見ているようだった。

 それが過去なのか未来なのか、俺には分からない。


 師匠はどんな世界を見たのだろうか。


 それを問いかける前に、スーはメガネを選び終えた。


「ご、ご主人さま……似合ってますか?」


 そしてメガネをかけて振り向いたスーの姿に俺と師匠の魂がシンクロした。


 かわいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!


「かわいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 かわいい。

 その心が俺と師匠と一つにしたのだ。


 そこでハッとする。

 俺は気づいてしまったかも知れない。


 師匠も同じ気持ちだろう。


 俺たちはゆっくりとうなずきあった。




 もしかしてスーって…………


 世界一かわいいんじゃないか?

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