003:補助する魔術師、追放される③

 皮肉な物だ。

 ずっと一緒に戦ってきたからこそ、トランの眼を見れば少しは考えが分ってしまう。


 わざわざ酒場で「追放」を宣言したのは、俺への復讐もかねているのだろう。


 俺に恥をかかせるため、わざわざ冒険者酒場で大声をだして「追放」を宣言したのだ。

 他にも言い方はいくらでもあるのに、パーティにとって最悪の抜け方である「追放」を。


 それも、パーティが正式にSランクに昇格した記念すべきこの日に。


 恨まれるようなことをした記憶はないし、トランが何を恨んでいるかも分からないままなのに……。


「ま、待ってくれ……俺の魔術は必要になるハズだ。次の冒険で証明する。補助だけじゃない、他にも俺にはできることが――」


 俺はパーティのために様々な魔術を習得してきたんだ。

 その中には今まで使って見せたことのない魔術もいっぱいある。


 攻撃魔術が必要ならどんな属性でも使うし、そもそも誰もケガしないように立ちまわっていたから不要だった回復魔術だって使えと言われたら使って見せる。


 特定の専門を持たない俺の魔術はたしかに器用貧乏と思われるかも知れない。

 だがその魔術の数々を使えば工夫次第でパーティの戦術の幅はもっと広く深くできる。


 今まではパーティの戦術に合わせて補助に徹していたが、これから先に待ち受ける高難易度のダンジョンを考えるなら、必ずそれが必要になるハズなのだ。


 そして何より、このパーティが俺の居場所だった。

 確かにトランは目立ちたがりで、ワガママで、孤児院から拾い受けた俺の事を奴隷当然にあつかうようなヤツで、人間としては最低の部類だろう。


 でも、それでも俺にとってこのパーティが唯一の居場所だったから。

 そこに導いてくれたトランは、光のような存在だったから。

 太陽のような存在だったから。


 だから――




「いらねぇって言ってるだろ」




 トランはハッキリと言い切った。

 あまりにも冷たい眼だった。


「もうお前は必要ないんだよ。空気を読むの、得意だろ?」


 すべての決定は、もはや覆すことはできないらしい。


「シツコイわね~……っていうかトラン様、そんなことより早く予約したお店に行きましょーよ」


 スフォウが俺の存在になどとっくに興味を失ったみたいに席を立ち、背を向ける。


「パーティの戦術は私に任せろ。心配無用だ。今までご苦労」


 満足気にニヤニヤしながらメガネをクイクイするメイもそれに続いて立ち上がる。


「あぁ、可哀想に……。ですが本当ならもっと早く捨てられていてもおかしくありませんでした……これまで付き合ってあげた私たちに感謝の気持ちを忘れずに、ね?」


 シーンは最後の最後まで聖女らしさの欠片もない恩着せがましい言葉を残した。


「あ、そうだ。それから最後に……」


 店を出ようとしたトランが振り返り、俺のそばで耳打ちした。


「お前の冒険者登録は破棄しといてやったからな。俺様の王国認定の勇者権限で♪」


「……は?」


「あのな、お前みたいな役立たずがいつ同じ戦場に立つかも知れないと思うとイライラするんだよ~。もう顔も見たくないんだ。わかるだろ?」


 分かるかよ。

 意味不明だ。


 だが、本当にもうどうしようもないらしい事は分かった。

 これまでの俺の努力は全て無駄だったのだと思うと、不思議な気持ちがこみ上げてくる。


 パーティの力になれていると思っていたのは、本当の仲間だと思っていたのはどうやら俺だけだったのだと思い知った。


 その感情は怒りでも絶望でもなく、ただ悲しみだった。


「……本気なんだな? 後悔するなよ」


「ぷっ……ククク! しねーよ。絶対にな!」


 ギリ、と奥歯を噛みしめた。

 これ以上は時間の無駄だとわかっている。

 

「……わかった。今日の事を忘れるなよ。あとで戻って来いと言っても、もう遅いからな?」


「ぎゃは! おうおう、覚えといてやる。お前とあった最後の日としてな! じゃあな、俺たちはこれからパフの歓迎パーティしなきゃいけないから忙しいんだ。あとは勝手に、好きに生きてろ(笑)」


 最後にせめてもの忠告をしようと思ったのだが、その言葉はほとんど負け惜しみのようなものになってしまった。

 自分がみじめになるだけの虚しい言葉だ。


 トランはそれを軽く笑い飛ばし「慰謝料代わりに会計よろしくな」とだけ言い残してパーティメンバーと共に店を出ていった。


 テーブルの上には食べ散らかされた料理だけが放置されたまま、その場に立ち尽くす俺1人だけが酒場に取り残された。


「…………じゃあな。これでも感謝してたんだぜ」


 店を出たトランたちに聞こえるはずもないが、最後に俺の口からこぼれたのはそんな言葉だった。


 きっとそれが俺の中に残っていた感謝の気持ちの残りカスで、トランたちへ向けられた最後の感情だったのだろう。

 それで終わり。


 俺なりの決別の言葉だ。


「うっ……」


 ヤバイ。

 精神的なダメージで吐きそう。


「オエエエェ…………」


 こうして俺は、ゲロと共に自分の居場所を失ったのだった……。

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