富士山攻略編⑥~富士山登頂・佐々木優視点~

 彼が戦う前に準備をする姿を見たことがない。

 合宿中も武器を取り出して、いきなりモンスターと戦っていた。


(そんな一也くんが準備運動を行なっている……)


 アップと言いながら樹海へ向かう彼の背中を見て、今回の登山が彼でも困難なものであることを悟る。

 そんな一也くんの姿を残すべく、俺は戦う彼の姿をカメラから絶対に逃さないことを決意した。


 前日に世間で黒騎士と言われる格好をしてもらえるように懇願をした。

 彼が桜島を制圧してから、ギルドや県庁に黒騎士に対する問い合わせが異常なほど来ている。


 中には国家機関や外国からの問い合わせがあり、このまま何も知らないという返答で放置してしまったら、ますます増えることが予想できる。

 それを抑える手段として、なんとかして黒騎士としての戦闘記録が欲しいと一也くんに伝えたら、なんとかうなずいてくれた。


 一也くんは樹海から戻ってくるとすぐに富士山へ向けて走り去っていく。


(怖くなったら帰れとはどういう意味だろうか……)


 富士山へ向けて走る姿をカメラに収めていたら、すぐに理由がわかった。

 カメラの画面全体にドラゴンが現れ始める。


「なんだあの量は……」


 見たこともない量のドラゴンの群れを前にして、カメラから目を離してしまう。

 富士山からどこからともなくドラゴンが出現し、一也くんに向かって集まっている。

 ドラゴンのブレスが上空や地面など様々な方向から一也くんへ放たれた。


「バーニングフィスト!!」


 気合の表れなのか、遠くにいるはずの一也くんの声がここまで届いていた。

 雷や火球のブレスを一也くんは炎の塊を撃ち出して相殺する。

 爆音と共に煙が上がり、一也くんは煙に飛び込んでドラゴンを殴り始めた。


「すごい……」


 横にいた谷屋さんが一也くんを見ながら小さくつぶやいている。

 俺は自分の目的を思い出し、撮影を続けた。


 画面の中では、一也くんが緑や赤、黄色などのドラゴンの他に岩のようなドラゴンと戦っている。

 緑色のグリーンドラゴンは何度か確認されたことがあるが、他のドラゴンはまったく見たことが無い。


(彼は1度このドラゴンたちを見たことがあるんだよな……)


 初めて富士山の麓へ来たとき、俺たちが帰還した後に彼はこの量のドラゴンを1度見ている。

 こんな大量のドラゴンを相手に戦う一也くんが信じられない。


「ライトニングストーム!!」


 一也くんの声と共に上空から雷がドラゴンへ降り注ぐ。

 そんな中、一也くんを囲うように襲っているドラゴンの輪から逃げるように離れ始める個体がいる。

 羽を引きずるように歩いており、今にも倒れそうだ。


「あいつ、逃げようとしている!」


 谷屋さんが声を上げて、一也くんから離れようとしているドラゴンを見ていた。

 谷屋さんを見たら、剣を握り締めて走り出して一也くんが引いた線を越えてしまう。


「待ちなさい!!」

「待て!!」


 私はカメラから離れられないので、太田さんも谷屋さんを止めるために線を越えてしまった。

 すると、2人の前に黒い影がすぐに現れる。


「来るなって言っているだろう!!」


 声と共に谷屋さんと太田さんがすごい勢いで俺の後ろまで吹き飛ばされた。

 その声は瞬間移動してきた一也くんから発せられている。


 吹き飛ばされた2人は木に打ちつけられた後、地面に倒れた。

 その2人を気にする様子もなく、一也くんは再びドラゴンへ向けて走り出す。


「そこをどけ!! バーニングフィスト!!」


 一也くんがこちらへ向かってくるドラゴンに向かって炎を撃ち込む。

 数十体のドラゴンが炎に吹き飛ばされるように宙を舞う。


 俺はカメラを固定して、倒れている2人へ声をかけた。


「2人とも大丈夫か!?」


 なんとか2人は立ち上がり、同じように不安そうな目を一也くんへ向けていた。

 吹き飛ばされたショックなのか、2人はその場から動こうとしない。


「思い切り吹き飛ばされたようだけど、なんともないか?」


 2人へ声をかけても、一也くんを見たまま動かない。

 そんな時、太田さんが体を抱きしめるようにして一也くんへ謝り始めた。


「ごめん、一也……」


 太田さんへ顔を向けたら、顔が青ざめて震えていた。

 慌ててかけよると、谷屋さんが震える手を押さえている。


 振るえている2人を見て、そんなに一也くんに怒られたことがショックなのかと思った。

 しかし、太田さんは線を見ながら、俺へ聞こえるように話をする。


「あ、あの線を越えると……すごい量の視線と殺気を感じたんだ……」

「なんだって……」


 真央さんは歯の根が合わず、ゆっくりと話をしていた。

 ふらつきながら谷屋さんが剣を拾い、線を見下ろしている。


「たぶん、これ以上進むとドラゴンが狙うようになるんだと思います……」

「……ここが境界線なのか」


 俺も線を見下ろしてから一也くんの方を見ると、敗走するように離れるドラゴンが増え始めている。

 敗走するドラゴンが増えても、補充をするように新しいドラゴンが現れるため、戦う相手が減る気配がない。


 戦いの撮影を続けていたら、いきなり目の前に一也くんが現れる。

 俺たちに背を向けて、叫ぶように声を出した。


「俺についてきてまっすぐ走り続けてください!!」


 急に現れて指示をされたため、行動するのが遅れてしまう。

 苛立つように一也くんは声を続ける。


「怖かったら今すぐ帰れ!!」


 俺はカメラを抱えて、言われた通り走り始めた。

 谷屋さんや太田さんも走り出しているようだった。


(一也くんはこんな中で戦っていたのか!?)


 先ほど言われた通り、線を超えた瞬間にどこからともなく視線を感じて、体が震えるような殺気を全身で受ける。

 それでも足を動かし続けていたら、道を塞ぐように赤いドラゴンが現れた。


「ドラゴンっ!?」

「旋風脚!!」


 俺が止まろうとする直前に、一也くんが赤いドラゴンを蹴り飛ばす。

 足を振り抜くだけで赤い巨体が吹き飛ばされて、一也くんが俺たちの進む道を空けてくれる。

 止まりそうな足をなんとか前へ動かして、一也くんの示す方向へ全力で走った。


 後ろからドラゴンの鳴き声と思われるようなものと一也くんが戦う声が聞こえてくる。

 それでも絶対に振り向かず、一心に足を動かし続けた。

 走る俺たちの前に黒い影が現れて、両手を広げて止められる。


「もういいですよ」


 肩で息をしながら一也くんを見たら、防具や布に一切の汚れが無い。


(あの量のドラゴンと戦い無傷だというのか……)


 一也くんが俺の後ろを見たまま動かない。

 俺も後ろを振り返ると、ドラゴンがこちらへくることなく見えない壁のようなもので進めないのか、密集してこちらを見ていた。


「これは……」

「こいつらはここへ入れないみたいです。まあ……行きましょう」


 一也くんが歩き出すので、俺たち3人も付いていくように歩き出す。

 歩きながら、一也くんへ質問をした。


「一也くん、いったいどういうことなんだ?」

「さっきいたところは、ここへ入る資格があるか確認されるところです」


 脇目も振らず、前を見たまま一也くんが話を続けた。

 今戦っていたのは、ここへ入る挑戦権があるかどうか確かめるためのものだったらしい。


 話を聞いているうちに、一也くんが何度かここへ来たのかと考えてしまった。

 それを聞こうとした時、前方からありえないものが現れ始める。


「ドラゴンが……武装している……」


 思わずカメラを構えて、正体不明のモンスターたちの撮影を始めた。

 そのモンスターが4体並んでおり、灰色や赤色など、直前まで一也くんが戦っていたドラゴンと同じ色をしている。

 ドラゴンが剣や槍、盾のようなものを持っており、人間と同じように武器と防具を装備していた。


 武装したドラゴンを気に留めることなく、一也くんは歩き続けている。

 慌てるように太田さんが一也くんへ声をかける。


「一也、待てよ! 何かいるけど、このまま歩いていいのか!?」

「気にしないで進んでください」


 太田さんの言葉に答えつつ、一也くんは立ち止まることなく歩き続けた。

 一也くんが武装したドラゴンの横を通っても、そのモンスターは微動だに動かない。


 俺たち3人もゆっくりと一也くんを追うようにモンスターの間を通る。

 一瞬、すべてのドラゴンから見られたような気がしたが、何事もなく通り過ぎることができた。


 そのモンスターから逃げるように、先を行く一也くんを走って追いかける。

 平然と歩く一也くんを呼び止めて、今のモンスターについての説明を求めた。


「一也くん、今の説明をしてくれないか?」

「いいですよ。あの2人が追い付いてからでいいですよね?」

「ああ、かまわない」


 太田さんと谷屋さんが追い付いてきてから、一也くんが今のモンスターについて教えてくれた。


 武装したドラゴンは、【ドラゴンナイト】と呼ばれるドラゴンの上位種ということだった。

 この前のドラゴンとの大乱闘において1匹でもドラゴンを倒していると、同じ色のドラゴンナイトと戦わなくてはいけないらしい。


 一也くんはこの先にもっと強いドラゴンがいるから、今回は戦わないと言っていた。

 俺は話を聞いていて、先ほどの疑問が確信に変わる。


「一也くん、きみは何度富士山登頂へ挑戦したんだ?」

「どういう意味ですか?」

「今の説明を聞く限り、きみはあのドラゴンナイトと戦ったことがあり、この先に何がいるのか知っているんだろう?」

「全部、海底洞窟の魚人さんに教えてもらいましたよ」


 一也くんは考えるような素振りもせず、すぐに答えを返してきた。

 それも、何度も海底洞窟のダンジョンへ行っているようなことを言っている。


 俺の質問に答えたらすぐに一也くんが歩き始めてしまい、それ以上聞くことができなかった。


 全員が黙ったまま富士山を登り始めていたら、富士山の中へ続くような穴が見え始める。

 一也くんがその前に立ち、俺たちへ強い口調で話を始めた。


「みなさんはここで終わりです。帰還させますね」


 一也くんは有無を言わさず、俺たちのことを帰そうとしていた。

 山を登った疲労が隠せずに、膝に手を当てている谷屋さんが苦しそうに一也くんを見る。


「私たちは……ここでおしまい……なの……?」

「この先はダンジョンのボスがいるので、危険なので帰ってください」


 一也くんはそう言い、来た時と同じように谷屋さんと太田さんの足元へ白い光を放った。

 2人が消えてしまい、なぜか俺だけがこの場所に残される。


 理由を聞く前に、一也くんが手を差し出してきた。


「この先にいる相手を少しでもいいなら撮ってきます」

「頼む……」


 一也くんへカメラを渡して、操作方法を簡単に説明した。

 分かりましたと言いながら一也くんが通路のような穴へ入り、しばらくしたら富士山が震えるように揺れ出す。

 直後、轟音のような音と共に、富士山の火口から紫色の雷が放たれる。


「佐々木さん!! これをお願いします!!」


 一也くんが焦るように穴からカメラを俺へ投げてきた。

 カメラを受け取ったら、すぐに俺の足元にも白い光が放たれ始める。

 最後に一言彼へ伝えるために声を張り上げた。


「必ず戻ってこい!」


 一也くんは俺の声に答えたのか、拳を俺へ突き出す。

 すぐに光が俺の全身を包み、ギルドの帰還場へ移動させられていた。


 ギルドから富士山を見たら、紫色の雷が何度も天に向かって放出されている。

 俺が見ているのを気付いた他の人が富士山を見て、悲鳴なようなものを上げてしまう。


(俺は一也くんに託された! 行こう!)


 俺は自分の持っているカメラをギルド長へ届けるべく、ギルド長の部屋へ向かって走る。


 すぐにギルド長が俺の持って帰ってきた映像を無音で見せながら、富士山について緊急会見を行なってくれた。

 その反響も凄まじく、少しでも富士山の情報を求めるための連絡が絶えずにきている。


 一也くんが最後に撮影してくれた映像には、紫黒の鱗に覆われた通常のドラゴンよりもはるかに巨大な黒いドラゴンが映されていた。

 俺は不安でギルドから帰ることができず、今日もギルドから富士山を見上げる。


 富士山から放たれる紫電は、3日経った今でも止まる気配がなかった。


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