拳士中学校編⑫~谷屋花蓮の不安~
(今日こそ一也くんと話をしてやる!)
授業が一通り終わってからすぐに、1年Cクラスの一也くんの教室へ向かう。
私が全力で走って一也くんの教室に着いても、すでに一也くんの姿が無い。
(嘘でしょ……)
私は一也くんのいない教室の前で立ち尽くしてしまった。
私の横を他の1年生が私へ挨拶をしながら通り過ぎてゆく。
そんな時、私へ近づいてくる影が見えた。
「谷屋さん、ちょっといいかしら?」
「はい?」
声が聞こえた方を見たら、田中先生が困った様子で立っている。
いつもはきちんと整えている髪も、今は軽いカールをかけているようにうねっていた。
「一也くんのことを花蓮さんには伝えておこうと思うんだけど、今から少し時間いいかな?」
「お願いします」
今は何も一也くんについてのことがわからないため、田中先生が知っていることを聞いておきたい。
私の返事を聞いた田中先生は、少しふらつきながら私を教育相談室へ案内する。
私が部屋に入ってから田中先生が説明するための資料を取ってくると言うので、私は教育相談室で待つ。
戻ってきた田中先生が渡してくれた資料を私は信じることができなかった。
一通り資料に目を通してから、田中先生へこの資料が本物かどうかを確認する。
「田中先生、本当にこの条件で一也くんは第2中学校へ戦いに行くんですか?」
田中先生は肩を落として、不安そうに両腕を抱えながら私を見てきた。
「本当よ。彼は銃を持ったたくさんの生徒と1人で戦おうとしているの……」
「そんな……いくら彼でもそれは……」
「宣伝にするつもりなのよ……」
「第2中学校が銃の教育に力を入れているからですか?」
田中先生は無言でうなずき、1枚の用紙を私へ差し出す。
紙には【承諾書(見学者用)】と書かれている。
田中先生が紙を見てから、私へ助けを求めるように懇願してきた。
「生徒に頼むことじゃないと思うけれど、これに名前を書いて彼が危なくなったら一緒に助けてくれないかしら?」
「他の先生は行かないんですか?」
「行くけど……彼はあなたの言うことなら少しは聞くでしょう」
私へ助けを求めるなんてよほど切羽詰ってのことだろう。
私も彼を助けたいと思い、承諾書へ記入を始める。
○
承諾書(見学者用)
1.交流戦で負った傷や被害についてはすべて責任を問わない
2.交流の様子はすべて非公開とする
(他言してはならない、スマホ等の持ち込みは不可)
年 月 日
氏名 印
○
印の部分は拇印で良いと言われたため、先生から朱肉を受け取り、親指を押し付ける。
承諾書を田中先生へ渡すと、明日行われる交流戦の時間を聞いてから部活へ向かう。
部活へ向かいながら、どこにいるか分からない一也くんへ向かって心の中で文句を言った。
(一也くんの馬鹿。あなたがいくら強いからって、銃を相手にどうするっていうの……)
その日は部活動どころではなくなったため、騎乗部の顧問の先生へ体調が悪いと伝えてから帰宅した。
夜も一也くんのことが不安で寝ることができず、スマホでメッセージを送る。
【明日の交流戦を見に行くけど、怪我しないでよ】
一也くんはスマホのメッセージでは遅れても必ず返事をくれるため、スマホを枕元に置いて明日無事に終わることを祈りながら寝ようとした。
しかし、スマホがすぐに震えて、メッセージがきたことを報せてきた。
「嘘!?」
思わず声に出てしまい、スマホを見たら一言だけ返信がされている。
【頑張ります】
私は一也くんからの返信を見たら少し安心してしまい、おやすみと送ってから寝ることができた。
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田中先生に教えられた時間に第2中学校へ入ろうとしたら、校門のところで入場の確認が行われていた。
門のところにいる人へ名前を伝えたら、用紙の確認を始める。
私の名前を見つけたのか、紙を見ていた目が止まった。
スマホも回収されて、番号札のようなものを受け取ることでようやく中へ入れた。
中へ入るとすぐに森のように木々があり、迷わないように案内板が設置されていた。
そのとおりに歩いていたら、第1中学校と同じくらいの広さのグラウンドが見える。
どこかに田中先生がいるはずなので、グラウンドの周りを見回すように探す。
グラウンドには何人いるのかわからないほどの人数が防具を着けて、銃を持って待機していた。
(こんなにいるの……)
グラウンドの端に田中先生を見つけたので、ゆっくりと歩き出した。
よく見ると、田中先生と同じ年齢くらいの男性が田中先生と話をしている。
近づいていたら、話の内容が聞こえてきた。
「田中さん、今日はよく来てくれましたね」
「彼は私のクラスの生徒なので……」
男性は上機嫌に話しかけており、田中先生は正反対にどんよりと暗い顔をしている。
その男性が田中先生の様子を気にすることなく話を続ける。
「今日は銃がどれだけ素晴らしい武器か、私がここに来てくれたみなさんに教えるのでよく見ていてください!」
「やっぱり……あなたが企画したんですね」
田中先生はにらみながら男性へ敵意を向けた。
しかし、なんにも感じていないのか、男性は上機嫌のまま笑顔で口を開く。
「ええ。この前の大会を見て、銃以外の武器を使いたいと言う愚かな生徒が増えたので、今日はその間違った意識を正したいと思っています」
その男性は最後に田中先生へ、あなたが弓を置いたようにと付け足していた。
田中先生が下を向いたまま何も言えなくなってしまったようなので、私は大きな声で先生を呼ぶ。
「田中先生! おはようございます!」
私が声をかけたら、その男性は田中先生に何かを言いながら去っていった。
男性が去るのを見送り、私は田中先生へ駆け寄る。
「先生、大丈夫ですか?」
「私なら大丈夫よ……」
田中先生は体を震わせながら私へ返事をしていた。
酷いことを言っていた今の男性が誰か気になったので、田中先生へ聞いてみる。
「田中先生、今のは?」
「私の冒険者大学校の同級生。大学で銃の腕が一番良かったやつよ……」
あの人が参加するらしいと言いながら、田中先生の不安はさらに深まったようだった。
開始5分前になった時、グラウンドが急にざわつき始める。
声が聞こえ始めた方向を見たら、一也くんがいつものように防具を着けず、盾を2枚だけ持ってグラウンドの中央へ向かっていた。
田中先生は一也くんを見て口に手を当てて、声を震わせながら声を出す。
「佐藤くん……また盾しか持っていない……的になっちゃうわよ……」
田中先生の体を支えながら、一也くんを見たらあくびをしている。
グラウンドの中央に一也くんからは緊張感の欠片も感じない。
(そうか! 大量の銃を持った相手に対して、なんの策もなくここへ来るわけがない!)
私はそう信じて一也くんを見守ることにした。
ただ、先ほどから背中を流れる嫌な汗が止まらない。
(何が……起こるの?)
グラウンドの中央に立つ一也くんとは違い、第2中学校の生徒はグラウンドの隅で大きな塊となり、先頭には田中先生と話をしていた男性が防具を着けずに立っている。
開始を案内するカウントダウンが始まると、先頭に立っている男性と後ろの集団が銃を一也くんへ向けた。
おそらくゼロが言われた瞬間に乾いた音が大量に鳴り、一也くんに銃弾が当たるのだろう。
しかし、カウントがゼロと言われた瞬間に、ある声がグラウンドをとどろかせる。
「シールドブーメラン!!」
一也くんから投げられた盾が先頭に立っていた人の足に当たり、曲がってはいけない方向へ両足が折れる。
男性に当たった盾が放物線をえがきながら一也くんのもとに戻っている空中で、一也くんは盾をつかんだ。
その勢いのまま男性が崩れ落ちる前に、右肩へ盾を思い切り振りかぶって当てている。
男性の骨の砕ける音が私にまで聞こえてきた。
男性はその場に崩れ落ちて、身動きを取ることができなくなってしまっていた。
(何が起こっているの……)
私は一也くんが考えられないような速度で行動をしていたため、ほとんどの人が何をしているのかわからずに、見届けてしまっている。
すると、一也くんは男性の背中を踏みつけながら、大声で銃を持った集団へ言い放つ。
「何を惚けているんだ!! 勝負は始まっているぞ!! 銃を撃ってこい!!!!」
一也くんの言葉を聞いて、グラウンドからは悲鳴が聞こえ始めた。
それを見て荒々しく、一也くんは言葉を続ける。
「逃げようなんて思うなよ!! 逃亡の罰金は1人100万だぞ!!」
一也くんは凄まじい勢いで盾で人を襲い始める。
それを私と田中先生は起きていることが信じられずに2人で見つめ合ってしまった。
しばらく一也くんが生徒を吹き飛ばしていたら、校舎の隅から何かが出てきている。
それを見た田中先生が、ぽつりと言葉をこぼす。
「第2中学校に【戦車】があるって噂は本当だったんだ……」
「学校が戦車なんて用意できるんですか!?」
「あいつの私物よ……M60を冒険者時代に買ったって言っていたから」
田中先生がこんなものまで出すのと言いながら絶望するような顔をしていた。
一也くんも戦車が現れているのに気づき、私は彼の表情を見たら背筋が凍ってしまう。
戦車を見たはずの一也くんが口角を上げて喜んでいるように見えた。
「撃てええええええええええええええ!!!!」
最初に倒された男性が叫ぶと、戦車へ近づいた一也くんに向かって戦車の主砲から爆音が鳴り響く。
(本当に戦車で人を攻撃するの!?)
私の不安をよそに、一也くんが盾を振ると弾の軌道が変わり、校舎の1階部分へ着弾した。
崩れ落ちる校舎を後目に、一也くんが興奮した様子で戦車に向かって走り始める。
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