ネコちゃん@ポンポ!!

眞壁 暁大

第1話

猫の手も借りたいほどの忙しさに見舞われたことがある人は居るだろうか。

目が回るほどの忙しさに振り回されたことのある人は居るだろうか。

これは、そんな時に思いついた話。


忙しさにかまけている時、視界の隅に入ってくるのはサボっている人間だった。

いや、当人としては仕事しているつもりなのだろう。


頻繁にトイレに行くやつ(ソシャゲーのノルマのため)

頻繁に喫煙所に行くやつ(大事なことはタバコの密室で決まる)

ただ駄弁るやつ(リアルなつながりの情報収集って大事)


普段ならそれで回っている。

特に文句はない。

だが今は期末である。大期末である。

見過ごすわけにはいかなかった。

社長は睡眠不足でどす黒くなった顔でそこだけはやたらと鮮やかな充血した目を光らせながら、電話を鳴らした。


「ヴァイ! ネコちゃん@ポンポ!!です」

「どうもお世話になってますN社の佐藤です」

「お久しぶりです! 世話になってると言われるほど贔屓してもらってないと思いますが何の用件でしょうか!」

「いやご無沙汰してます。

 ウチだと何分、この時期くらいしか用事がないもので申し訳ない。

 あ、でも他所には依頼出してないですからね。

 それはそれとして、例のネコちゃん派遣お願いします」

「了解しました! もっと忙しくなるといいですね」


今忙しいからイラついてんだろうが、と社長の佐藤は思ったもののそこはそれ。会話の端々に挟まれる、この店のごく自然に吐き出される毒には慣れている。

声は若い女性のそれだったが、とても若いと思えない含みと深みのあるセリフで鋭くえぐってくるので慣れても警戒は解けない。


「それで、どんなネコちゃんをご所望ですか」

「前来たストレートロングの子お願いできますか」

「あの子なら死にました」

「そうですか」

 

声色一つ変えずに告げるからこの店は恐ろしい。

気を取り直し、具体的な条件を上げていく。


「それじゃあ…オーラのある子がいいですね。そこにいるだけで思わず仕事したくなっちゃうような子がいいです」

「うーん、なかなかそういう子は出払ってて。

 あ! ちょびっとだけ変わってますけど目力が強くて魅力的な子が居ますよ」


目力か。

社長はしばし悩む。

単細胞の塊の社員たちなら、女の前ではいいカッコしたくなるはず! という目論見でこのコンパニオン派遣会社に依頼したところ、思いのほか図に当たって社員たちがしゃかりきに働いた。

なので、期末のいよいよヤバい時には呼ぶ習慣がついていたのだが。

今まで呼んだのはすべて「かわいい系」の子ばかりだった(単細胞の社員たちの好みは分かりやすくて助かる)。

しかし、今売り込まれてるネコちゃん(隠語)は目力が売り、ということらしいのでどうやらかわいいよりはキレイな感じがする。


「その子、かわいいですかね?」

「見方によっては、かわいいですね」

「見方によっては?」

「見方によっては」


ますます悩む。

規制に引っ掛からないようにするため、ネコちゃん(隠語)を写真なり映像なりを見て確認できないのが痛し痒しである。

しかしまあこれまでの実績から信用してもよかろう、ということで社長は決断する。


「じゃあ、その子でお願いします」

「かしこまりました。いつからそちらへ伺えばよろしいでしょうか?」

「午後イチでお願いできますか」

「はい、承りました♪」


電話を切ると、社長の佐藤は昼飯前に集合した社員にネコちゃん(隠語)の派遣を依頼したと告げる。

社員たちの反応はそれぞれだった。

しっかり仕事していいところを見せよう、と意気込むのが半分

「前来た子ほど仕事できなくてもいいんだけど」と尻込みしているのが半分。

ネコちゃん@ポンポのネコちゃん(隠語)は演技ではなく仕事ができるのが強み。

良く出来るところを見せようと張り切るか、仕事ができないと馬鹿にされないように踏ん張るか。

やり方は違えど単細胞の社員たちはそれに負けるわけにはいかない!! と仕事に精を出す……そういうカラクリだ。

できる仕事の種類にはバラツキがあるものの、ただツラがいいだけのネコちゃん(隠語)ではないからこそ手も借りたくなるというもの。

メインの目的はサボりがちな社員たちのケツをひっぱたくカンフル剤としての効能だが、実際の働き手としても社長はほんの少しだけ期待していた。



派手な爆発音とともに玄関ドアが砕け散ったのは午後イチであった。

「ここがN社でよいか」

土ぼこりとドアと壁(だったもの)の破片とが舞い上がるなか、そのシルエットが吠えた。

「ネコちゃん@ポンポ!!から派遣されてきた正岡だ。よろしく頼む」


埃が落ち着いて全容が漸くあらわになったそのネコちゃん(隠語)の姿は、およそ想像からかけ離れていた。そもそも人間でもドアは砕かない。


此奴はネコちゃん(隠語)ではない。クマ(直球)だ。


大きすぎるせいで天井に当たってひしゃげた猫耳がくまの耳のように丸く小さくなっているのといい、図太い四肢といい、クマとしか言いようがない。


居合わせた全員がビビり倒していたが、そこは流石に社長の意地とメンツで佐藤がその正岡と名乗ったクマ(直球)に声をかける。


「よろしく、正岡くん」


ギロリ。と剥かれた目に射竦められた社長は「なるほどこれが目力か」と納得する。想像していたのとはぜんぜん違ったせいでチビリそうになっていた。

正岡はコクリと頷くと、背負っていた風呂敷包みを床に下ろす。ドスンと音がしてフロアタイルにヒビが走った。


「一つ仕事を見てもらいたい」


そういうとテキパキと今しがた破壊したドアを修復・再生していく。

手際の良さ、図体に見合わぬ繊細な作業をものともせずにこなす姿に社長も社員も思わず目を奪われる。


「できたぞ」


そう言って正岡が振り返った時には、破壊される前と寸分たがわぬドアが出来上がっていた。


「これはすごい」

社長の佐藤は素直に感嘆しながらも「別に壊さなくても良かったんじゃないか」と思うのを抑えきれずに居た。


正岡は大工と左官の技術が相当なものと実証してみせたものの、あいにくとN社では必要とされていないスキルだった。

これさいわい、とネコちゃん(隠語)のチェンジを申し出ようとしたものの、正岡の


「まさか交換とは言うまいな?」


という声と視線で射抜かれた社長は、そのまま正岡に手伝わせることにした。

手伝ってもらうようなことは殆どなかったが、部屋の隅にベンチを用意し、そこに座ってもらうだけで社員たちにはとてつもないプレッシャーが掛かる。

席を立つたびに正岡の目がギロリギロリと動いて追ってくるのだ。

トイレもタバコも、駄弁りも急速に減っていった。狙っていたのとは違う形であったが、社員たちが真面目に仕事に取り組む効果は得られたので結果オーライだろう、と社長の佐藤は受け止めていた。



正岡の派遣される最終日。

社長の佐藤は正岡とともに書類棚の整理をしていた。

棚の中身の片付けを指示したはずが、棚を引っこ抜いて片付けようとしたのには大いに驚かされるも、この数日の働きぶりを褒めて、正岡を労う。

思惑とは少し外れたものの、猫の手を借りて今いるメンバーの奮起を促すことには成功したのだから、それでよかろう。

巨大すぎる正岡に圧倒されていたものの、最後の日にはだいぶ慣れてきた社長は、気になっていたことを正岡に尋ねた。


「ところで正岡くん。

 どう見ても筋骨隆々な君は、私にはマッチョとしか言いようがないと思うのだが、君の派遣してくれた担当者は「見方によってはかわいい」というのだ。

 自分でどのへんが「かわいい」のか、自覚しているところはあるかね?」

「ふむ。……あるいは弊社担当は、この「ちょーかー」のことを指して「かわいい」と言っていたのやもしれぬ」


そう答えながら、正岡は自分の首のあたりを指した。

なるほど。

最近では棘のついた首輪のことを「チョーカー」というのか。

世の流行りというのはよくわからんものだな。


社長は妙に感心したあと、真面目に仕事はこなして期末を乗り切ったものの、何か怯えていた社員たちのことを思い出し、来年からはネコちゃん@ポンポ!!を使うのはやめようと考えていた。




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