転生する話

@tnkk

 「ここにこんな読点必要かなあ」ふと批判的なことを口走ってしまう。小説を書くようになってからはどうも読み方が変わってしまって、素直に文章を受け止めることが難しくなってしまった。まあそういった視点が自身の作家性を高めるような気もするし、悪いことでは無いんだろうとおもっている。62点。基準の曖昧な採点が心の中でおこなわれた。ふと時計を見ると、すでに4時を回っていた。部屋のあかりをリモコンで消して、ソファベッドに潜り込んだ。瞼の裏ではまだ、感想戦が続行中だ。


 

 12時を回ったころに目が覚めた。日曜日の朝をのがしたことに後悔を覚える。パソコンをつけて、普段小説を投稿しているサイトをひらいた。閲覧数は昨日と遜色ない低調な数字だった。はあ。役目を終えた空気が肺から逃げていく。そんなつまらない文章が頭に浮かんでは、また消えていく。


 随分前に投稿した小説に一件のコメントが寄せられていた。期待や不安など一切ない状態で、ほぼ無意識に、そのコメントの内容を確認した。


「『葉山はひたすら走っていた。それ以外に彼の心を落ち着かせる術を持っていなかったからだ。』のところがとても共感出来ます。なにか心が苦しいときにいてもたっても居られなくなる感覚ですよね!」


 作品に向き合った肯定的なコメントで口角が僅かにあがった。ほとんど惰性で書いた小説だったので、肯定的なコメントなんて寄せられるとは思っていなかった。うるせえよ。なぜか心の中で悪態をついた。そんな自分をまた、どこか嫌いになった。


 冷食メインの適当なごはんを用意して、借りていた1本の映画を鑑賞した。引退した麻薬探知犬と退役軍人の共同生活が描かれた、心の機微がうまく表現された作品だった。言ってしまえばお爺さんと老犬が一緒に暮らしているだけなのに、どうしてこんなにも作品に深みがでるのだろうか。セリフのない、画のみのワンシーンなどは、小説ではどう表現するとよいのか、など考えた。その思案によって明確な答えが見つかることは無かった。


 それから歯を磨いて、服を着替えて、少し遠くの大きな書店へ向かった。途中ビデオ屋に寄って、映画を返却した。通りの桜はほとんど散っていて、アスファルトが桜色に染まりかけていた。色褪せた桜の木に、どこか同情した。そうして25分くらいが経って、ようやく書店に辿り着いた。


 つい先日発表された、文学の大賞作品が大量に平積みしてある。今日ここにきた目的はこの小説を買うことなのだが、一瞥だけして通り過ぎてしまった。そのあと何度も側を通るのだが、同じことを繰り返してしまう。流行りに乗っかっているようで気恥ずかしかったのかもしれない。結局、適当に色々な本を眺めて、1時間くらいしてやっと、その作品を購入した。普段は使わないのに、ブックカバーをつけてもらい、そのうえでビニール袋に仕舞い込んだ。


 帰り道にコンビニでコーヒーを買ったあと、小さな公園に寄った。木々に囲まれた、ブランコとベンチしかないような場所だった。ベンチに腰掛けて、ぼうっとブランコを眺め、冷たいコーヒーを飲んでいた。こんな自分の状況を、文学的にはどう表現できるだろか。一向に文章は思いつかなかった。


 正直薄々勘づいてはいた。自分は既に、純文学に重みを感じているのだと。夏目漱石や芥川龍之介のように、滋味深い文章は生み出せないのだと。


 少し風がふいて、ブランコが揺れた。


 いつもより重たく感じる腰を持ち上げて、単調な足取りで家路についた。ぎりぎり日の沈み切る寸前のところでアパートに着いた。2階に続く錆びた階段が、いつもより煩く鳴っている。扉を開くと、部屋には窓から焼けた空が流れ込んでいた。


 赤橙に染まった部屋にゆったり座り込んで、パソコンを起動した。サイトを開いて、作品を書き始める。


 タイトルは「はじめての転生!?〜チュートリアル無しでいきなりラスボスってマジですか?〜」

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