えきねこ
九戸政景
えきねこ
山の
「はあ……今日も誰もいないなぁ。まあ、こんな観光地でもない
けど……やっぱり張り合いが無いよな。誰も来ない分、勤務中は他の駅員以外とは話せないし、勤務中の出来事を書くノートもあまり書けない。電車は来てくれるけど、来る度に運転手には苦笑いを浮かべられるし……駅員に憧れて頑張ってきたけど、これじゃあな……」
小さくため息をつき、少し気晴らしでもしようかと思ったその時だった。
「にゃー」
「え……?」
突然聞こえてきた鳴き声に驚き、不思議に思いながら部屋を出て窓口の外まで来てみると、そこには一匹の小さな三毛猫がいた。
「猫……見た感じ、生まれてまだそんなに経ってない子猫みたいだけど……どこかの野良が迷い込んできたのか?」
その声で三毛猫は俺の姿に気付くと、警戒したり怯えたりする事無く近付き、可愛らしい鳴き声を上げてから俺の足に体を擦りつけてきた。
「にゃー」
「ふふっ、可愛いな。でも、どうしようかな……子猫なら親猫もいるはずだし、ここにはコイツに食べさせるエサもないし……」
子猫の扱いに困っていた時、駅舎のドアが静かに開き、俺は待ち望んだお客さんが来たと思って期待しながらそちらに視線を向けた。
しかし、そこにいたのは昼休憩に出ていた先輩であり、その姿に肩を落としながらため息をついていると、先輩はわけがわからないといった様子で俺に近付いてきた。
「なに人の顔を見てガッカリしてるんだよ」
「……すみません。ようやくお客さんが来たと思ったら先輩だったので……」
「ああ、なるほどな。んで……その足元の猫はどうしたんだ? 何か福でも呼びに来てくれたのか?」
「いえ、たぶん迷い猫です。けど、親猫がいるはずですし、このままここに置いておくわけにはいかないので、どうしようかなと……」
「まあ、たしかにな……」
先輩も子猫の扱いに困ったのか顎に手を当てながら考え始めた。その間も子猫は俺の足にじゃれたり鳴き声を上げながら駅舎内を歩き回っていた。
猫からすれば駅舎内というのはやはり珍しいみたいで、まるで人間の子供が駅舎内を見て回っているように貼られているポスターや時刻表などをジッと見つめ、時には不思議そうに首を傾げていた。
そんな子猫の姿が微笑ましく思え、俺はクスリと笑ってから子猫に近づいて優しく抱き上げると、子猫は俺の顔をジッと見てからにゃあと一声鳴いて再び体を擦りつけてきた。
「コイツ、本当に人懐っこいですね。もしかして野良じゃなくてどこかの家の飼い猫が逃げてきたのかな」
「それか捨て猫だな。殖やすつもりも無かったのに生まれちゃって、これ以上は飼えないってなって捨てたっていう可能性もあるからな。
迷子防止のタグも付いてないし、変に痩せている様子も無い。それでいて人間に対して警戒心を抱いてるわけでもないなら、人間は見慣れていてここに来るまでは普通にエサにありつけていたんだろうしな」
「たしかに……」
「さて、この迷子の迷子の子猫ちゃんをどうするかだな。俺達は犬のおまわりさんでもないし、たとえそうでもお家も名前もわかる気はしない。
そうなると、変な奴に捕まって酷い目に遭う前に俺達で保護した方が良い。ただ……駅舎内で育てるにしても、何か理由が無いといけないよな。駅長だってコイツの可愛さにはメロメロになるだろうけど、飼うってなると話は別だし」
「理由……コイツがこの駅で活躍していれば良いわけですよね。まあ、この駅の過疎対策については猫の手を借りたいくらいですけど……」
「猫の手を……」
先輩は俺の腕の中にいる子猫を見ながら何かを考えていたが、すぐに名案を思いついたのかニヤリと笑いながら子猫の頭を撫で始めた。
そして、駅長達が昼休憩から帰ってきた後、先輩が子猫の説明をしながら思いついたアイデアについて話すと、駅長達はそのアイデアを賛成し、駅長を中心に日頃の業務の傍らで先輩のアイデアの実現に向けて動き始めた。
その間、子猫は最初に見つけた俺が預かる事になり、育てながら興味本位で子猫がどこから来たのかを調べてみた。
すると、家の近くに拾って下さいと書かれた紙が貼られた段ボール箱があり、それを見つけた際に子猫が自分からその中に入り、落ち着いた様子でタオルの上で丸くなった事から、子猫が本当に捨て猫だった事がわかった。
そして子猫の出会いから一月が経った頃、駅には前よりも多くのお客さんが、特に子供連れのお客さんが来るようになり、窓口を通っていくお子さんのその手には肉球のスタンプが押されたスタンプカード付きの切符が握られていた。
「いやぁ……良いアイデアだとは思ったけど、まさかここまでの事になるとはな」
「ですね。猫駅長というアイデアなら色々なところでやってますけど、猫が切符を切ってくれるところは中々無いですよ」
「へへっ、だろ? コイツがここにいる理由、コイツもウチの駅員になれば解決じゃないかと思ってさ。それに、よく調べたらコイツは雄の三毛猫みたいだから、珍しさも手伝ってお客さんが来ると思ったんだよ」
「それに加えて肉球スタンプを押したスタンプカードを一定数溜めると、あの猫のポストカードをここを含めた色々な駅でプレゼントするわけですから、猫好きな人や子供連れも取り込めるわけですね」
「そういう事。まさに、猫の手を借りたわけだ。ただ、コイツには結構苦労とストレスを与える事になりそうなのが心配だけど……」
「それなら大丈夫ですよ。飼い主の俺がしっかりと面倒は見ますし、コイツへの給料としてエサも寝床も充実させますし、もっと暮らしやすいように工夫させる予定ですから」
「ははっ、それならよかった。それにしても……お前、今では駅長よりもコイツにメロメロだよな。昨日も撮った写真を何枚も見せてきたし、近い内にスタンプカードの特典に写真集を増やそうとしてるんだろ?」
窓口に座りながら駅員の帽子を被った子猫の顎を先輩が撫でる中、俺は頬をポリポリと掻きながら頷く。
「元から可愛いとは思ってたんですけど、面倒を見てる内にもっと可愛くなっちゃって……」
「まあ、可愛いのは事実だしな。それじゃあこれからもウチの招き猫には頑張ってもらうか」
「そうですね。色々大変かもしれないけど、これからもよろしくな」
背中を撫でながら声を掛けると、子猫は俺に視線を向け、頭を手に擦りつけてからにゃあと鳴いた。
えきねこ 九戸政景 @2012712
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます