猫の手を借りた結果

つかさ

第1話

「賢斗。俺、三枝さんが好きなんだ」

「あぁ、知ってるよ。正樹、よくチラチラ見てるもんな。というか、三枝が嫌いな男子なんていないだろ」


 三枝由香はクラスで人気の女子だ。かわいくて頭も良く、気は強すぎずかといって暗い性格でもない。中学一年、女子という存在に興味を持ち始めるまだ少年ならではのウブさを引きずっている正樹をはじめとした男たちにとってはまさに“お近づきになってみたい”女子だ。


「賢斗。俺を他の男どもと一緒にするなよ。この恋心は本物なんだ。三枝の純粋さに俺は心の底から惹かれた。そして、あいつの笑顔を隣で守ってあげたいんだ!」

「そう思ったきっかけは?」

「三枝が俺の落としたシャーペンを笑顔で拾ってくれたんだ……!」

「驚くほどにチョロいな」

「だけど、俺がいきなりこの想いを三枝にぶつけても、あいつはきっと迷惑がるだろうから……」

「きっとじゃなくて、間違いなくな。そこの理解はギリギリ足りていたようでなによりだよ」


 権藤正樹は自他共に認める単純思考で真っ直ぐにしか進めない少年だ。小学校からの友人である俺としては、この類まれなる純粋さは大切にしてほしいと思いつつ、人並み程度の感性と常識も持ってほしいと常日頃心の中で願っている。


「それに恋ってのは駆け引きが大切って言うだろ。頭も使わなきゃいけないんだ」

「そうだな」

「だから俺は翠の力を借りることにした!」

「待った。なぜ、そこであいつの名前が出てくる?」

「どうやら、あいつ最近三枝と仲が良いみたいでさ。だったら翠に協力してもらって三枝との距離を縮めてもらうのが一番だと思ったんだよ。それにさ、言うだろ。『猫の手も借りたい』って」

「正樹。それは忙しくて人手が足りない時に使う言葉だぞ。……まぁ、猫山だから気持ち合ってるってことにしとく」


 猫山翠は正樹と俺の幼馴染で隣のクラスにいる女子。運動神経抜群だが、勉強の方は全然駄目。明るく素直で純粋な正樹に性質が似た子。


「まぁ、猫山にそんな器用な橋渡しが務まるかはわからないけど、頼んでみてもいいんじゃないか」

「よし、俺早速あいつに頼んでみるわ!」


 そう言うと、正樹はダッシュで隣のクラスへと向かっていった。

 どうやら架け橋役として協力してくれることになったらしく、三枝が好きなモノや話題といった情報を提供してくれるようになった。猫山からも三枝にそれとなく正樹の話をしているんだとか。そのおかげか、少しずつクラス内で正樹と三枝が話す機会も増えてきた。そして、ある日、正樹は三枝と遊びに行くことになった。


「……で、なんで俺も一緒に行かなきゃいけないんだ」

「恋愛初心者の俺にはハードルが高いんだよー!頼む!一緒に来てくれ」

「猫山も一緒だろ。正樹でもなんとかなるって」

「いや!無理!頼むから付いてきてくれよ〜」

「……わかったよ。仕方ないなぁ」


 こうなると断るまで引き下がらないからな。それに正樹が緊張するのもわからなくもない。ここは友達のよしみというやつにしておこう。



 そして、当日。


「まさきー!けんとー!おはよー!」

「こんにちは。権藤君。菅谷君」

「お、おう!2人とも元気してたか!」


 正樹は初めて見る三枝の私服の効力も相まって、出だしの挨拶からすでに大混乱している。「なにその久しぶりに会ったみたいな挨拶?」とツッコむ猫山と口に手を当てて静かに笑う三枝。こういう場面でも男心をくすぐりそうな仕草をしてくる。ちなみに、菅谷は俺の苗字だ。


「どこから行こっか!」

「最初はボーリングはどうだ。三枝さんはボーリング出来る?」

「1回くらいしかやったことないから下手だけど……」


 俺たちが来ているのは近所の大型デパート。フードコートやレジャー施設も併設されているから休みや放課後は大抵ここに集まる。

 ボーリングはうまいこと正樹が三枝に教えてやり、男子対女子でチーム戦をした。結果は俺らの惨敗。三枝さんのビギナーズラックが発動したのに加え、猫山がとんでもなくうまかった。ボーリングのセンスも抜群だったとは。

 その後はフードコートで昼食を食べて、デパートの中を巡って、カラオケに。4人での遊びは正樹と猫山が盛り上げ役として終始引っ張っていた。息が合っていて空回りすることもない2人のやり取りはさすがといった感じだ。



「じゃあ、今日はそろそろ解散だな」

「あっ、私、お母さんに買い物頼まれてるんだった!ねぇ、正樹。荷物係手伝ってくれない?」

「ん?まぁ、いいけど……」

「よかったぁ〜。買い物リストにお米もあるんだよね」

「うわっ。俺が手伝うこと前提だろ、それ。おばさんも人づかい荒いなー。ということなんで、ごめん。俺たちはここで」

「うん、今日は楽しかったよ。また放課後とかに遊ぼうね」


 正樹と猫山は再びデパートの中へ。

 さて、そうとなればさっさと俺も帰るか。


「あのさ。菅谷君。家はどっちの方向?」


 と、今日はじめて三枝から声をかけられた。俺は家の方向を指差して


「あっちだけど」

「あっ、私もそっち。途中まで一緒に帰ってもいいかな?」

「いいよ。ここで断ったら人が悪いと思われる」

「菅谷君、やっぱり私と似てる。じゃあ、お言葉に甘えて」


 意味深な三枝の言葉を耳に残しながら、俺たちは帰路についた。


「菅谷君は2人のことどう思う?」

「性格も似てるし、良い幼馴染だと思うよ」

「本当に?」

「……お似合いだと思う」

「そう、思うよね。普通誰でも。でも、猫山さん明らかなのに全然自覚してなくて。あんなに楽しそうに権藤君のこと話しているのに。一緒にいて嬉しそうなのに」

「だから、2人のことをくっつけたいってこと?」

「うん!少なくとも権藤君は私よりも翠ちゃんのほうがお似合いだから」

「そこも気づいてたか……って、あれを気づくなという方が無理な話だよな」

「というわけで、菅谷君、協力よろしくね?」

「いや。なんで俺が」

「2人の幼馴染だし。適任というか君しかいないよ。それにほら、えっと……」

「猫の手も借りたい?」

「そう、それ。私だけじゃあの鈍感そうな2人をくっつけるのは大変だし……」


 三枝は夕日を背に向けて、その夜空の透き通った黒い瞳でこっちの顔をじっと見た。


「菅谷君。なんだか猫っぽいし」

「なんだそれ」


 いたずらっぽい顔して、どっちのほうが猫なんだか。

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