悪役お嬢様 ÷ 性悪メイド = ???? その3

「第一回! チキチキ、絶対に怖がってはいけない肝試しーっ! いっえーいっ! ドンドンドンドン、パフパフパフー!」

「今、肝試しって言いませんでしたーっ⁉ トコナツってるーっ!」

「うっるさいわね……っていうかもうソレ、肝試しのテンションじゃないでしょ!」

「まーまーまー! 細かいことは、気にしなーい気にしなーい! こーゆーのは、楽しんだもん勝ちっしょー?」

 時間は、深夜一時。人気ひとけのない学校の教室には、照明を落として小さなライトを手にした三人の少女たちがいる。


「さあ、というわけで今回はー……深夜の学校に呼び出した他のお嬢様たちを、ホラー仮装したあーしたちで、ビビリちらかしちゃおうと思いますぅーっ! いーっひっひっひー」

 メイクをバッチリ決めたゾンビナースコスプレ姿の南風原はえばる万千華まんちかん

「キャー! ビクビクもんだぁーっ!」

 キョンシー風の格好をした、そのあるじのチャオイン。

「ふ…………ふふふ」

 そして、盛り上がっているその二人とは対照的に不敵に笑っているだけの、魔女のような三角帽子をかぶったセーラ。


 実は今回のイベント――肝試し――を最初に企画したのは、『悪役お嬢様』のセーラだ。だがもちろん彼女には、「仮装して仲間を驚かして楽しもう」なんていう陽キャ的趣味はない。

 彼女の行動原理は、「他のお嬢様たちを倒して、一方的にライバル視しているマリーを見返したい」ということ。相変わらず、それだけだ。

 しかし、前回の動物園では想定外なことが起きすぎて、結局何も出来なかった。そこで、その失敗を取り返すための次の一手として考えたのが、この肝試しというわけだった。


(ふっ、ふっ、ふっ……。ワタシの『敵者サバイバル・オブ生存・ザ・バッデスト』は、「相手の恐れている物を作り出す」能力。当然、対象が既に怖がっている状況なら、その効果は更に強化されるわ! 夜の学校なんていう、ただでさえ不気味で不安な場所で、ソイツの大嫌いな虫や物で攻撃してやれば……どんな相手にだって楽勝というわけよ! オーッホッホッホーッ!)


 もちろん、セーラのパートナーである小鳩も、主のその目的のためには協力を惜しまず……なんてことはなく。

 彼女は、「深夜に学校集合ぉ? えー、やだぁ。夜ふかしはお肌に悪いしぃー……つーか、単純にめんどい」と言って、最初からこのイベントには参加していない。その代わり、話を聞いて興味を持った『お転婆お嬢様』のチャオインとそのメイドの万千華が、仕掛け人側としてセーラを手伝ってくれることになったのだった。

「さあ、アンタたち! もうすぐ時間よ⁉ 罠だとも知らずにノコノコやってきた愚かな淑女たちを、目一杯怖がらせてやるのよっ!」

「あいあいさーっ!」

「私、精一杯頑張ります!」

 そんなわけで。

 セーラ、チャオイン、万千華の三人は、持っていたライトも消して真っ暗になった教室の中で、呼び出した淑女とメイドたち――カチューシャと涼珂、レイニャと日枝奈――がやってくるのを待った。



 そして…………。


「もおーうっ! やっぱり誰も来ないじゃないのよーっ!」


 呼び出しの時間を三十分以上過ぎても、セーラたちが隠れる教室には誰も現れなかった。

「相変わらずアイツら、マイペース過ぎるわよ! もしもこのまま誰も来なかったら……ずっと待ってるワタシたちが、ただのバカみたいじゃないのっ!」

 前回の動物園と同様、くせ者揃いのお嬢様とメイドたちはセーラの思い通りには動いてくれないようだった。


 それでも根が真面目なセーラはふてくされて帰ったりせず、未だに真っ暗な教室に隠れ続けている。

(こ、こうなったら……)

 彼女はそこで、何かアイデアを思いついたようだ。

(どうせ呼び出したヤツラが来ないなら……いっそのこと、仕掛け人として油断しているアイツらのほうを攻撃してしまうのは……どうかしら?)


 多少は目が慣れてきた暗闇の中で、自分から少し離れた位置でしゃがんで小さくなっている人影を見つける。うっすらとシルエットが分かるくらいの視界だが、あの小柄な感じは、きっと淑女のチャオインの方だろう。メイドの万千華は、彼女とは別の場所に隠れているらしい。つまり今なら、相当有能らしいと噂の万千華と連携を取ることはできないということだ。無防備なところに、自分の淑女能力で弱点攻撃すれば、あっさりと負けを認めさせられそうだ。

(ふ、ふふふ、いける。チャンスだわ……)

 そんなことを考えて、セーラが邪悪な表情で微笑んだとき。


 フッ。

 まるで、霧か煙のように。さっきまでは確かにそこに存在していた人影が、突然消えてしまった。


(え……? 見失っ、た……? でも、そんな急に……)

 戸惑うセーラ。室内が真っ暗なせいで見えなくなっただけかと思い、もう一度、目を凝らしてよく見てみる。しかし、そうではないようだ。カーテンが開放されているため教室には外から月の光が差し込んでいて、完全に何も見えないというわけではない。細かい色や顔の表情などは無理だが、そこに誰かがいるかどうかくらいは分かる。それなのに、さっきまではいたはずの「チャオインの影」が、急に消えてしまったのだ。

 更に、しばらくすると……。


 ヒタ……。ヒタ……。ヒタ……。

 部屋のどこかから、誰かが歩いているような音が聞こえてきた。


(だ、誰……? っていうか、チャオイン……よね? そ、そうよ……それ以外に、あるはずが……)

 そうは思いながらも、不気味さに震え始めるセーラ。なぜならばその足音は明らかに、裸足・・で歩いているように思えたからだ。

 キョンシーコスプレのチャオインは、さっき見たときはちゃんと中華風の刺繍が入った布製の靴を履いていた。もちろん、ゾンビナースの万千華だって裸足ではなかった。

 ヒタ……。ヒタ……。ヒタ……。

 それなのにその音は裸足で……しかも、何かで濡れているような足音だったのだ。

 ヒタ……。ヒタ……。


(そ、そうか……分かったわよっ!)

 恐怖心をかき消そうとするかのように、あえて前向きな考え事をするセーラ。

(こ、このワタシを、驚かそうとしているのねっ⁉ ワタシがさっき不意打ちを考えていたように、逆にアイツらのほうもワタシを不意打ちして驚かせようと……ふ、ふんっ! あのパリピメイドの考えそうなことだわっ!)

 

 ヒタ……。ヒタ……。ヒタ……。

「む、無駄よっ! そんなことしたって……!」

 だんだん大きくなってくるその音から、自分をからかっている万千華たちの居場所をつきとめようとするセーラ。しかし、その試みはうまくいかない。

 ヒタ……。ヒタ……。

 どういうわけかその音は場所がひとところに安定せず、毎回自分の周囲の別の場所から聞こえてきていたのだ。まるで、数歩歩くごとに霧のように消えて、また別の場所に現れているかのように。

「な、何よこれ……こんなの……って」

 そんな状況は、たとえ裸足になったとしても万千華やチャオインでは出来ない。想像を超えた状況に、セーラの体は震え始める。

 ヒタ………ヒタ………………ヒ、タ。

 足音が、彼女のすぐ後ろで止まる。

 はぁぁ……。

 セーラの首筋に、生暖かい風が吹く。

「ひっ⁉」

 ゆっくりと、後ろを振り返るセーラ。

「ま、まさか……ほ、ほ、本当に……ゆ、ゆ、幽……れ…………」

 すると、そこに、いたのは……。


 パチン。

 次の瞬間、セーラがいた教室のライトがついて、真っ暗だった室内が明るく照らされた。


「ひ、ひぃぃーっ⁉」 

「ごっめーん。驚かせちったー? キャハハハー!」

 教室入り口の照明スイッチのところでそう言って笑っているのは、万千華だ。隣には、チャオインもいる。

「は、ははは……」 

 腰を抜かして、床にぺたんと座り込んでしまうセーラ。二人のその姿を見て安心して、大きくため息をついた。

「ア、アンタたち……よね? そ、そりゃそうよね……。き、決まっているわ。それ以外に、誰もいるわけないんだし……ま、まして、幽霊なんて……」

「大丈夫ー? セーラちゃん、お加減いかがですかー?」

「うぷぷぷ。でもセーラっち、意外とビビりなんだねー? 電気点けたくらいで、腰抜かすほどビックリしちゃうなんてさー」

「は、はあぁっ⁉」

 万千華たちにからかわれたセーラは、慌てて立ち上がる。

「こ、このワタシが、ビビリなわけがないでしょっ! い、今のはただ、ちょっと座って休んでただけよっ!」

「いいからいいからー」

「うんうん。なんとかなるなるー」

 冷や汗でびっしょりになりながら強がっているセーラを見て、ニマニマと笑っている万千華とチャオイン。セーラはそんな状況が許せなくて、更に言い訳を言おうとする。

「だ、だいたい、アンタたちが卑怯なのよっ! 暗がりの中で物音を立てて怖がらせるなんて……やり方が、陰湿なのよっ!」

 しかし、

「え? 暗がりの中で……怖がらせる?」

「およ?」

「は……?」

 その言葉に返ってきたのは、身に覚えがない、という様子のチャオインと万千華のキョトン顔だ。思ってもいなかったそんなリアクションに、セーラのほうも戸惑ってしまう。


「な、何よ? 今更、とぼけるつもり? さっきアンタたちが、真っ暗な部屋の中で足音を立てたり息をかけたりしていたのは、もう分かっているのだから……」

「え、えーっと、セーラっち……?」

 万千華が、顔を引きつらせながら言う。

「あーしたちさっき……っていうか今までずっと、トイレに行ってたんだよねー。ホタルンがどうしても我慢できないっていうから、肝試しの邪魔をしないようにライトを点けないでこっそりと教室を出て……。だ、だから、物音を立てて怖がらせたりなんかしてないっつーか……。む、むしろ、さっきこの教室に帰ってきたばっかりっつーか……だから……あ、あれ……?」

「そ、そんなこと言って、またワタシをからかおうと……!」

 また反論しようとするセーラ。しかし彼女も、すでに自分の言葉が正しくないことを話している途中で理解していた。なぜならば、さっきまで常に飄々ひょうひょうとしていて余裕のあったはずの万千華の様子が、明らかにおかしくなったからだ。顔を真っ青にして、体をガタガタと震わせていたからだ。

「つ、つ、つーか……え? こ、これって……」

 顔をゆっくりと動かして、教室を見回す万千華。その視線に促され、セーラもようやく自分の周囲に目を向けた。

 そして……。

 照明がついて明るくなった教室内に、人間の手や足のような形の、無数の真っ赤な液体がついている事に気づいた。

 それも床だけではなく、壁や天井にまで、びっしりと血痕がついていたのだ。


「いやーっ!」

「な、なにこれーっ⁉」

「ぶ、不気味すぎるーっ!」

 三人とも、学校中に響き渡るくらいに大音量の悲鳴を上げることになるのだった。




 実はそのとき……その教室の近くの廊下を遠ざかっていく、一つの人影があった。


「んニャーあ。せっかく、教室に野鳥とか野良猫を追い込んで、狩りをして遊んでたのに……さっきの、初めて見た珍しい獲物は、何だったニャ? 匂いが生臭すぎて、不味そうすぎて、完全に狩りする気が失せたニャン! ニャー……獲物の血で部屋の中が真っ赤にニャっちゃって、きたニャかったし……ちょーどいいから、そろそろ別の縄張りに移動するニャン!」




……………………………………………………




「はあ、はあ、はあ……」

 一方、そのころ。

「はあ、はあ……! ま、まったく……」

 『天然お嬢様』のレイニャのメイドである山寺やまでら日枝奈ひえなは、夜の通学路を一心不乱に走っていた。


「はあ、はあ……レ、レイニャちゃんったら……はあ、はあ……。南風原はえばる万千華まんちかんさんたちに学校に呼び出されているなんて……ど、どうして私に教えてくれなかったんですかっ⁉ 南風原さんといえば、学校でも随一のギャル……すなわちパリピ! そんなパリピの南風原さんの呼び出しってことは……当然、それすなわち、パーティーのお誘い! そして、そして、そして……そのパーティーの舞台が夜の学校ってことは…………もうそんなの、そんなの、そんなの…………ら、乱交パーティーに決まってるじゃないですかーっ⁉ くーっ、完全に出遅れましたよーっ! あ、あともう少し、もう少しで私が学校に到着するまで…………た、頼む、間に合ってくれーっ!」


 それから十数分後、ようやく学校に到着した日枝奈。

「はっ⁉ あ、あれはっ⁉」

 彼女が見上げた校舎の屋上には……。


「スズカ、見て下さいな? 星が、とってもきれいですわ」

「そうなのかい? すぐそばにもっと美しく輝いているカチューシャがいたから、分からなかったよ」

「まあ、スズカったら……」

「ああ、カチューシャ……」

「うふふ……こうして正面から貴方に抱きしめてもらっていると、わたくしの心臓の鼓動がスズカの心臓の鼓動と重なって……わたくしたちが、一つになったような気分になりますね?」

「そうだね。でも、心臓を重ねていなくたって、僕の気持ちは、いつだってカチューシャと同じだよ? 僕達の心は、いつだって一つで……」

「心、だけですか? わたくしは心だけではなく、この体も、いつもスズカと一つでいたいのですけれど?」

「……本当に、いけないお嬢様だ」


 前回同様、セーラたちに呼び出されたことなどすっかり忘れて、勝手に夜の学校デートを楽しんでいるカチューシャと涼珂の姿を見つけて、

「か、完全に事後! 遅かった……か……」

 がっくりと膝を落とす日枝奈だった。

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