悪役お嬢様 ÷ 性悪メイド = ???? その2

 瑠衣とマリーが『天然お嬢様』のレイニャに勝利したあと、別の日の休日。

 瑠衣たちの学校から電車で数駅のところにある動物園に、『悪役お嬢様』のセーラと、そのメイドの宇佐宮うさみや小鳩こばとの姿があった。


「ねえー? もう、集合時間とっくに過ぎてんだけどぉー? まだなのー?」

 小鳩が、退屈そうにいじっているスマートフォンに目を向けたまま、愚痴をこぼす。隣にいるセーラもイライラが溜まっているらしく、強い口調でそれに言い返す。

「そ、そんなことワタシに言っても仕方ないでしょっ⁉ ワタシたちは、ちゃんと言われた時間に集合場所の『この園のアフリカコーナーの案内板の前』に集合しているのに、言い出しっぺのアイツがいつまでたってもやってこないのだから……」

「えー? どうせザコ主人様のことだからぁ、その『言い出しっぺのあいつ』に騙されちゃったんじゃないのー? 本当は、誰も集まってこないんじゃないのー?」

「そ、そんなことするようなヤツにも、見えなかったけど……で、でも、もしもそれが真実なら、このワタシをコケにした罪は重いわよ! アイツ、今度こそワタシの能力で完膚なきまでにぶちのめして……って、っていうか小鳩! ア、アンタまた、ワタシのことをザコ呼ばわりしたわねっ⁉ あんまりナチュラルに言うものだから、危うく聞き流しそうになっちゃったわよ⁉」

「はいはいはいはいはい……。あー、だっるぅ……私、もう帰ろっかな」

「だから小鳩! ちゃんとメイドらしく、ワタシを敬いなさいよっ!」

 そんなふうに言い合いをしていたセーラと小鳩。こんな彼女たちが、休日に二人で仲良く動物園に遊びに来た……なんてことはもちろんありえない。

 彼女たちが今日ここにいるのは、『箱入りお嬢様』のカチューシャが原因だ。

 実はこの前日、カチューシャからセーラと小鳩に、こんな誘いがあったのだ。


「せっかく同じような境遇なのですから、他の淑女様やメイド同士で友好を深めるために、動物園にでも遊びに参りませんか?」


 もちろん、他のお嬢様やメイドと友好を深めたいなんて思っていない小鳩にとっては、いかにも『箱入りお嬢様』らしいそんな平和ボケした誘いには、何のメリットも感じなかった。だから、最初は断るつもりだったのだが……彼女のあるじのセーラが、それを説得したのだ。

「もう、バカね小鳩! これって絶好のチャンスじゃないの⁉ 『動物園に行こう』なんて誘いにのってホイホイ現れるような緊張感のない連中なら、どうせ隙だらけで、ワタシたちが簡単に倒せるわ! 誰が来るのかは分からないけど……もしも指輪を持っているヤツがいたら、ここで一気に奪いまくってやるのよ! そうすれば、マリーのヤツに圧倒的な差をつけてやることが出来るでしょう⁉」

「はいはい、そうっすかー……。じゃあセーラちゃん、適当によろしくやっといてー」

「何言ってるのっ! アンタがいなくちゃ、ワタシの能力でガラスの攻撃が出来ないでしょ! 小鳩、アンタも当然くるのよ!」

「うっわ、マジかよ……こいつ、一人じゃ何もできねーな」

「こ、こら、小鳩ーっ!」


 そんなやり取りがありつつも……。

 どうにか、指定された時間に、指定された場所に集合したセーラと小鳩だったのだが……。何故か、集合時間からすでに三十分近く待っているのに、カチューシャも誰もやってこず、待ちぼうけを食らってしまっていたのだった。


 やがて。

「あと五分待って誰も来なかったら、私帰りまーす」

 気だるそうに、そんなことを呟いた小鳩。それから、十秒も経たないうちに、

「はーい、時間切れー。かーえろっと」

 と言って、出口に向かってしまった。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ⁉ こ、小鳩!」

 慌てて、彼女を追うセーラ。しかし彼女も本心ではとっくに今回の計画を諦めていて、このまま帰ってしまおうかと思っていた。そんなとき、彼女たちの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「世界には、珍しい動物が沢山いるのですね? 大変興味深かったですわ。わたくし、いつか野生の動物たちが住んでいるところへも行ってみたいですわ」

「でも、本当のサバンナやジャングルには、猛獣も多いよ? さっき見たアフリカのライオンだって、檻の中だと寝てばかりで可愛かったけど、本来はとても危険な動物なんだ。そんなところにか弱いカチューシャが行くのは、僕はちょっと心配だな」

「うふふ……。でも、どんな猛獣が現れても、スズカが守ってくれますでしょう?」

「ライオンに立ち向かえって? やれやれ、なんてメイド使いの荒いお嬢様だ……。でも、カチューシャのためなら、それくらいのことは何でもないけどね。僕のカチューシャへの愛があれば、ライオンだって怖くないよ」

「まあ……スズカったら」

「ああ、僕のカチューシャ……」


「……は?」

 絶句するセーラ。そこには、楽しそうに並んで歩く『箱入りお嬢様』のカチューシャとメイドの涼珂の姿があった。しかも彼女たちは、園内のショップで買ったらしいドリンクやパンプレットを持ち、頭には動物の耳のついた帽子をつけている。明らかに、ついさっきやって来たという感じではなく……むしろ、すでにこの園を充分満喫したあと、という様子だった。

「ア、アンタたちっ⁉ な、なんで、待ち合わせ時間にこないで……」

 それを問い詰めようとするセーラ。しかし、それよりも先に、カチューシャがとぼけた口調で言った。

「あら、奇遇ですね? セーラ様たちも、動物園デートにいらっしゃったのですか?」


「……は、はあぁぁー⁉」

 本来は可愛らしい顔が台無しになるくらいに、あんぐりと口を開けて唖然とするセーラ。

「い、いや……アンタが、みんなで遊ぼうって言ったから……ワ、ワタシたちは、ちゃんと集合時間にここに集まって……」

「はて……? 集合、時間……?」

 首をかしげるカチューシャ。

 その表情には、冗談やバカにしている様子はない。本当に、何のことだか分かっていないようだ。その証拠に彼女は、それからしばらく考えたあと、ようやく、

「あ……そうでしたね。申し訳ありません。忘れておりました。うふふ」

 と、可愛らしくペコリと頭を下げたのだった。


「ア、ア、ア、アンタ……」

 感情が高ぶり過ぎて、うまく言葉が出てこないセーラ。

 その感情とは、「怒り」はもちろん……予想もしていなかったことに対する「驚き」や、コケにされたことへの「恥ずかしさ」……それに、自分が理解不能なものへの「恐怖」まで含まれた、複雑なものだ。それでも、その中で一番大きな割合を占める感情――当然、怒りだ――を前面に持ってきたセーラは、顔を真っ赤にして、絶叫するように言った。

「こ、このワタシをここまでバカにして、タダですむと思わないことねっ! もう、許さないわっ! この前みたいに『箱』に閉じ込められる前に、ワタシの本気の『ガラス攻撃』で、八つ裂きにしてあげる! 覚悟しなさいっ! いいわよね、小鳩⁉ 食らいなさーい、『敵者生……」

 そして自分の淑女能力で、パートナーの小鳩が嫌いなガラスを作り出して攻撃しようとした……のだが、

「あ、あれ?」

 ガラスは出なかった。というより、出せなかった。

 ガラスを出すために必要な要素……小鳩が、いつの間にかいなくなっていたのだ。


 セーラの淑女能力は、『その場にいる人間の嫌いなものを作り出す事ができる』というものだ。そしてセーラが「その能力を使う」と思った時点で、彼女の頭の中には「誰の、どの嫌いなものを?」という選択肢が浮かんでくる。例えるなら、ゲームの画面上にコマンドウインドウが表示されるようなイメージだ。

 だから、そのとき能力を使おうとしたタイミングで、セーラの頭の中に「小鳩のガラス」が選択肢として浮かんでこなかった……イコール小鳩がそばにいない、ということはすぐ分かったのだった。

「こ、小鳩……?」

 状況がうまく理解できていないセーラが、さっきまで小鳩がいた方向に目を向ける。すると、そこには……。

「ぐ、ぐふ、ぐふふふぅ……。あ、あなた……セ、セーラ様、ってお名前なんですかぁ? も、もしも、あなた様がよろしければ、今日一日、私のことを、あなたの従順な性奴隷メイドと思って頂いても……ぐふゅっ」

 いやらしい目でこちらを見ている、山寺 なんか気持ち日枝奈悪い変な奴がいたのだった。


「じ、実は私、さ、さっき偶然、宇佐宮さんに会ったんですけど……『私帰るから、暇だったらセーラちゃんのこと相手してあげてー』なんて、言われてしまいましてですね……。あ、あ、『相手して』って……ど、どういう意味ですかね? ちょ、ちょっと、意味深ですよね? ……うひゅっ!」

「ひ、ひぃっ⁉」

 セーラを見ながら、好物を前にした野獣のように舌なめずりをする日枝奈。セーラは思わず悲鳴をあげてしまう。もはや怒りや驚きの感情は忘れてしまって、頭の中がほとんど恐怖だけになってしまった。




 そんなセーラに対して、マイペースなカチューシャが言う。

「あ、そうでした。そういえばわたくしは昨日、セーラ様たちだけではなく、他の皆様もこの動物園にお誘いしたのでした。マリー様とそのメイドの方は、残念ながら用事があるとのことでしたが……。『天然お嬢様』のペアは、この動物園に来て頂いているはずですね。淑女のレイニャ様は、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「ああ。その子なら、さっき僕、ライオンの檻で見たよ」

「あら? だったら、そのときわたくしに教えてくれればよかったのに」

「いやあ……彼女、たくさんのライオンたちを生身の体でねじ伏せて、女王みたいに君臨しててさ……。あまりに衝撃的だったから、僕の見間違いかと思っちゃったんだよ」

「まあ、そうでしたの?」

「彼女、そのあとは『自分の能力で操れる動物たちを集めて、自分をリーダーにした群れプライドを作る』とか言って別の場所に行っちゃったみたいだけど……あれからどうなったかな?」


 と、ちょうどそのとき。

 ピンポンパンポーン……。

 間の抜けたチャイムと、それとは対象的に緊張感に満ちた声色の、園内放送が聞こえてきた。


「と、当動物園にお越しのお客様に、緊急のお知らせをいたしますっ! た、ただいま、当園の檻から、ライオンやゴリラ、ジャガーをはじめとする危険な猛獣たちが、檻から脱走いたしましたっ! い、今の所、何故か落ち着いていて、近くにいた女の子の命令に従っている模様ですが……いつ暴れだしてもおかしくありません! と、とにかく、近くの従業員の指示に従って、速やかに避難して下さいっ! く、くり返します……!」

 次の瞬間、園内の一般客たちが絶叫をあげて、パニックになった。


 周囲を、右往左往するように逃げ回っている一般客たち。

 その様子を、他人事のように見ながら、

「あら……ずいぶんと騒がしくなってしまいましたね? これではもう、落ち着いてデートを楽しめそうもありませんし……今日は、お開きにしましょうか?」

 とカチューシャ。その隣の涼珂は、

「やれやれ……こんなに早く、猛獣からお姫様をお守りする機会がやってくるとはね。カチューシャ……僕のそばを離れないで」

 と言いながら、カチューシャの肩を抱き寄せる。そして、二人は体を密着させながら、ゆっくりと動物園の出口に向かっていってしまった。



「た……ち……」

 さっきの放送を聞いて逃げ惑っている一般客の中で一人、通路の真ん中で立ち尽くしているセーラ。その体は、プルプルと震えている。そんな彼女のとなりでは、怖いもの知らずの日枝奈が、「い、い、命の危険を感じると性欲が強くなるって、本当なんですね……。だ、だって今の私、いつにも増して、ものすごいことになっちゃってて……うふゅっ、うふふふふふ……」と、セーラの体に絡みついている。

「アン……タたち……」

 そんな、自分の周囲のあらゆるものに対する溜まりに溜まったうっぷんを晴らすかのように。セーラは、園内に響き渡るような大声で叫ぶのだった。


「アンタたち、自由すぎるわよっ! なんで『悪役お嬢様』のワタシが、一番常識人みたいになっちゃってるのよっ⁉ いい加減にしなさーいっ!」

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