02
ポト……。
次の瞬間。何か小さな物が天井から落ちてきて、瑠衣の右肩の上にちょうどのった。最初は、ホコリか何かかと思って無視しようかとも思ったが…………そう考えるには、少しだけ質量が多い。何より、その
ケロケロ。
「あ、え……?」
瑠衣はゆっくりと、肩の上のその
ケロ。ケロケロ。
「う、う、う…………うっぎゃーっ!」
そこにいた、小さな緑色の
「ぎゃーっ! ヤダヤダヤダ、ムリムリムリーっ! 取って、取って、誰か取ってーっ!」
「ちょ、ちょっと何なの? いきなり、そんな大きな声をだしたりして……」
突然のその様子に、さっきまで落ち着いていたマリーも驚いている。
「それが、何だって言うのよ?」
「わ、私、ダメなんですぅ! こ、これ、は……カ、カエルは……」
「ダメ?」
「カエルだけは、どうしても苦手で……この、ヌメヌメしてる感じとか、ぎょろぎょろした目とか……と、とにかく全部ダメなんですぅーっ! だ、だから、早く取って下さいってばーっ!」
「……」
情けない叫び声をあげながら、床に丸まって小さくなっている瑠衣。その姿は、初対面のマリーからみてもあまりにもブザマだった。それでもマリーは、呆れるような表情をつくりながらも、
「分かったわよ。でも、言っとくけどね。これって……」
なんて言いながら、瑠衣の肩の上に乗っているアマガエルに手を伸ばした。しかし……。
「あれ? あれあれあれー? もしかして、その一匹だけだと思ってるー? それって、すこーし考えが甘いんじゃなーい?」
瑠衣のクラスメイトの小鳩のそんな言葉で、その手を止めた。
「まさか……」
「ふ、ふぇぇ……?」
何か気配を感じて、天井を見上げるマリーと瑠衣。すると、そこには十匹……いや二十、あるいは三十匹……。とにかく、数えきれないくらいに大量のアマガエルが天井にびっしりとくっついて、今まさに自分たちめがけて落ちてくるところだった。
「い、い、い……いやぁぁぁぁーっ!」
「ちっ」
再び絶叫をあげて、その場から逃げ出そうとする瑠衣。しかし腰が抜けてしまったらしく、うまく動けなくて転んでしまう。また舌打ちしたマリーは、そのゴージャスなドレス姿に似合わず、素早く動く。そして、瑠衣の体を巻き込むような形で一緒に床の上を転がり、彼女をカエルの大群の直撃から回避させた。
「あ、ありがとう……ございま……」
ケロ。ケロケロ。ケロケロケロケロケロケロケロ……。
「ひ、ひぃぃーっ!」
自分を救ってくれたマリーに感謝を伝えようとした瑠衣だったが……いまだに、自分の肩の上に最初の一匹が頑張ってしがみついていることに気づくと、その言葉を最後まで言うことはできなかった。
「わ、私……ホントにカエルは……カエルだけは、生理的にダメで……」
あとはただ、しゃがみこんで体を小さくして震わせながら、うわごとのようにそんな言葉を繰り返すことしかできなくなってしまったのだった。
「オホ……オホホ……オーホッホッホーッ! 見たかしらっ⁉ 驚いたかしら⁉ 思い知ったかしらーっ⁉ これが、『相手の嫌いな物を目の前に出現させる』という『悪役お嬢様』の
「うっわー。ネーミングセンス、くそださーい」
「そうでしょう、そうでしょう! ワタシのこの最強最悪の能力の前では、もはやソイツは無力な赤子同然というわけよっ! オーホッホッホーッ!」
自分の思い通りの展開になったことが嬉しすぎて、相当調子に乗っているらしい。小鳩にバカにされていることさえも気づかず、セーラと呼ばれていたドレス姿の彼女はひたすら残念な高笑いを繰り返していた。
「ちっ……ひとまずここは、撤退するしかないようね」
そんな状況が面白くないマリーは、苦虫を噛むような表情でつぶやく。そして、
「貴女、いつまでそうしているつもりっ⁉ 行くわよっ! いい加減、立ち上がりなさいっ!」
そう言って、床にペタンと座り込んでしまっている瑠衣の肩から乱暴にカエルを払いのけた。
「は……はいぃぃ……。で、でも……ちょっとまだ、腰が抜けちゃって、うまく動けなくて……」
周囲で元気に飛び跳ねている無数のカエルたちの方を見ないようにしながら、のそのそと震える体を動かそうとする瑠衣。マリーは、そんな彼女を強引に引っ張る。
「ゴチャゴチャ言ってるんじゃないわよっ! 私が行くって言ったら、すぐに動きなさいっ! 貴女はもう、私のメイドなんだから……」
「な、何ですかぁ、その言い方わぁ⁉ わ、私だって、好きでこんなことになってるわけじゃあ……」
突然こんなことに巻き込まれただけの瑠衣も、黙ってはいられない。最初の二人きりだったときの雰囲気が嘘のように、瑠衣とマリーは口論を始めようとした。しかしそれは、『悪役お嬢様』のセーラの次の攻撃によって阻止される。
「あらららららー? まーだ、このワタシから逃げられるなんて甘い考えでいるのかしらー? 残念だったわねっ! アンタたちはここで、徹底的に叩きのめされて敗北するのよっ!」
「よーし、セーラちゃん。ドンドンやっちゃえー」
「だ、だから、今からやるって言ってるでしょ⁉ ワタシに指図しないでよっ! と、とにかく、食らいなさーい! ……『
再び、瑠衣たちに向けて手をかざすセーラ。すると、
カサ……カサカサ……。
今度は教室の片隅から、何か小さな物がうごめくような音が聞こえてきた。
「ふ、ふえええぇぇ……。ま、まだいるのぉぉ……?」
何かを予見したのか、その音のする方から目が離せなくなる瑠衣。彼女を連れて既に出口に向かって走り出していたマリーも、警戒してそちらに視線を向ける。するとやがてその方向から……子供の手のひら程度の大きさの蜘蛛が、何匹も現れた。タランチュラのような類の、いわゆる毒蜘蛛だった。
「ふん、何よ? こんなもの……」
「ぎ、ぎ、ぎ……ぎにゃぁぁぁぁぁっ!」
「……は?」
瑠衣は再び、絶叫を上げて取り乱す。その様子を、マリーは「信じられない」という表情で見る。
「わ、私……ダメなんです……。く、蜘蛛は、蜘蛛だけは……」
「いやいやいや……何言ってるの? 貴女ついさっき、苦手なのは『カエル』だって言ってたわよ?」
「カエルもダメだけど……蜘蛛もダメなんですっ! カエルと同じくらい、蜘蛛も苦手なんですよっ!」
「……ああもう、なんなのよ!」
マリーはいら立ちを隠さずに、こちらに向かってくる蜘蛛の一匹を、ドレスと同じように高級そうな靴のヒールで踏みつぶす。
「貴女、一体いくつ嫌いな物があるのよ⁉ これじゃラチがあかないわ! 何でもいいから、とにかく今はこの場から逃げるわよ!」
そして再び瑠衣の手を引いて、今度は立ち止まらずに教室の出口に向かって走り出した。
「だ、だから、逃がすわけがないって……ちょ、ちょっと、待ちなさーい!」
慌てたセーラが、また不思議な能力を使ってそれを阻止しようとするが、
「しゃらくさいのよっ!」
マリーは、天井や床から現れるカエルや毒蜘蛛たちをあっさりと手や足で払いのけてしまう。そして、後ろで絶叫を続けている情けない瑠衣を引き連れたまま、扉を開けて教室の外に出て行ってしまった。
教室に残された、小鳩とセーラの二人。
「あーあ。結局、逃げられちゃってるしー」
小鳩は、意地悪そうな表情でセーラを煽る。
「ふ、ふんっ! 別に、こんなの何でもないわよ! 既に、アイツらがワタシの能力に敵わないことは、証明されたようなものだし。そ、それに……」
セーラは言い返しながら、隣の小鳩に目を向ける。
「それに、既に戦いは始まっているのよ。アイツらはもう、どこにも逃げられるわけないんだから……」
セーラが視線を向けた先では、この教室に来た時は確かに瑠衣と同じ制服姿だったのに、いつの間にか可愛らしい
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