主従戦線レイディ × メイド!

紙月三角

第一戦 出会いは突然、苦戦は必然⁉ vs 悪役お嬢様

01

「さあ、こっちへいらっしゃい……」

 彼女はそう言って、私に微笑む。


 宝石のように輝く緑の瞳。艶やかな藍色の髪が、サラサラと心地のいい音を奏でながらなびいている。

 湿り気を帯びた彼女の唇が、ゆっくりと私の唇へと近づいてくる。


 目の前にいるのは、今まで見たこともないくらいに現実離れした美しさの淑女レイディ。そんな彼女に受け入れてもらえるなら、細かいことなんて気にならない。彼女がどこからきた誰なのか、とか。私たちが女同士だ、とか……そんなこと、どうでもいい。

 何の価値もない自分が、こんな素敵な彼女と、唇を重ねられるのなら……。



 私が今、こんなことになっている理由は……。



……………………………………………………



「え? あ、あ……あえ?」

 ありえない事態に直面して、古本ふるもと瑠衣るいは絶句していた。


 夕日が差し込む放課後の教室。校庭からは、運動部の威勢のいい掛け声が聞こえてくる。瑠衣はさっきまで一人きりで、自分の机に書かれたラクガキを消す作業をしていた。

 もちろん、そのラクガキは自分でやったわけじゃない。やった人間も、だいたいの見当はついている。ただ、こういうことは別に初めてというわけではなく、むしろいつもどおりのことだ。日頃から私物にラクガキされたり、どこかに隠されたりしていた瑠衣は、今日も特に文句も言わずに黙々と清掃をしていた……はずだった。


 その途中、急に気配を感じて顔を上げるとそこに、「彼女」がいた。

 華やかなフリルの入った、エレガントで高級そうな紫色のドレス。そこからのぞくのは、陶器のように滑らかで真っ白な肌。凛として強い意志を感じさせる表情と、ガラス細工のように繊細な美しさが同居する、神秘的なまでに美しい顔。まるで、フィクションの世界から飛び出してきたプリンセス。

 そんな現実離れした魅力を持つ女性が現れたのだ。



「……ちょうどよかったわ。貴女あなたにお願いしましょうか」

 吸い込まれるような濃い藍色の髪を揺らしながら、「彼女」がこちらに向かってくる。瑠衣は、状況がいまだに飲み込めなくて、立ち尽くしている。

「光栄に思いなさい。今日から貴女を、この私のパートナーにしてあげる」

 そう言って「彼女」は瑠衣の右手を取り、その薬指に、どこからか取り出したシンプルな指輪をはめた。

「この指輪は、私と貴女を関係づける、あかしのようなものよ。大事なものだから、外さないでね?」

 見れば、「彼女」もそれと同じデザインの指輪を自分の右手薬指にしている。

「え……あ、あの……」

 無意識のうちに、顔を赤らめてしまう瑠衣。

 さきほどから「彼女」が何を言っているのか、何をしているのかは、さっぱりだ。でも、何かとても重要なことが起きていることだけは分かる。そして、「彼女」が自分のことを特別な存在として認識してくれているらしい、ということも。


「貴女、名前は?」

「ふ、古本……瑠衣、です」

「ルイ……瑠衣、ね。悪くないわ。私は、マリー。マリー=ジャンヌ・ド・リューシュ・ル・フュール……」

 優しく瑠衣のあごに手を添えて、妖艶とも言えるほどの妖しい微笑みを浮かべる彼女マリー


「そして……最後に私たちがこの行為を行うと、それで『契約』は完成する……」

 やはり意味不明なそんなセリフをつぶやきながら、マリーが瑠衣に顔を近づけてくる。

「え? え?」

(こ、これって、もしかして……も、もしかしたら……こ、この人、これから私に……?)

 瑠衣の視界の中で、美しいマリーの顔が、どんどん大きくなっていく。この世界が、二人だけになってしまったかと錯覚するくらいに。


(ああ、これから私、この人とキスするんだ……。私、この人が誰なのか知らないのに……。私たち、女同士なのに……。いつも少女マンガで見て憧れていた展開とは、だいぶ違うけど……。でも、そんなの関係ないよ……。こんな素敵な人と、キス出来るなら……そんなの全部、どうでもいい……)

 いよいよというところで、意気地のない瑠衣は目を瞑ってしまう。それでも、マリーの顔がすぐ近くにあるのは分かる。彼女の温かい吐息が、自分の肌を優しく撫でているから。

 やがて、二人の距離は限りなくゼロになって、唇と唇が重なり合った……その直前だった。



「あっれー? こんなとこで二人きりで、何してるのー? ヤッラシイんだー⁉」

「……!」

 かんに障る、瑠衣にとって聞き覚えのある声が聞こえてきた。



 さっきまで、瑠衣が一人で机の清掃をしなければいけなかったことの原因。日常的に瑠衣に面倒を押し付け、精神的、肉体的に瑠衣に強いストレスを与え続けてきた者たちの中心的存在。

 端的に言うならば……瑠衣をイジメていた人物だった。


「こ、小鳩……ちゃん」

 宇佐宮うさみや小鳩こばとの姿を見るなり、瑠衣の体は真冬の寒空の下で氷水をぶちまけられたように強張り、小さな震えがとまらなくなる。

 それを誤魔化すように慌てふためき、さっきまで接触寸前だったはずのマリーからも、すぐに離れる。


「ふーん。瑠衣ちゃん、そこのおじょーさまと『契約』したんだー?」

「あ、あの、えと、私とこの人とは、べ、別に何も関係なくて…………あ、あえ? ……私、も?」

「ちっ」

 いいムードのところを邪魔されてしまった格好のマリーが、不機嫌そうに小さく舌打ちする。そんな彼女を挑発するように、小馬鹿にする表情で微笑んでいる小鳩。


 今のマリーは、現代日本ではセレブの結婚式くらいでしかお目にかかれないような、ゴージャスなドレス姿をしている。常識的に考えれば、瑠衣たちがいる何でもない普通の高校にそんな彼女が存在するはずがない。だが、そんな不自然極まりない状態にも何故か小鳩は、違和感を感じていないようだった。しかし、それもそのはずで……。

「いいえ! まだ完璧に『契約』したわけじゃないわよ⁉ だってソイツら、『契約』を完成させるための『口づけ』を、まだ終えてなかったものっ!」

 小鳩の後ろから、マリーと同じくらい場違いにドレッシーな格好をした少女が飛び出してきた。

「えー? そうなんだー? じゃあじゃあー。もしかしてこいつらってまだ、セーラちゃんみたいな特別な能力・・・・・が、使えないってことー?」

「そういうことよ! つまり今なら、余裕でブッ倒せるってことですわね! オーホッホッ!」

「いいぞー。やっちゃえ、やっちゃえー」

 それから。

 セーラと呼ばれた、小鳩の後ろから現れた残念な喋り方のその少女は、瑠衣たちの方に両方の手のひらを向けて、こう叫んだ。


「食らいなさーい! これがワタシの、『悪役お嬢様』の能力よ!」

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