第28話 時坂杏奈と王弟の逆襲

【登場人物】

時坂杏奈ときさかあんな……二十三歳。無職。魔王の手下。お尋ね者。

ヴァングリード……古代竜エンシェントドラゴン

ソフィ=フォン=ユールレイン……十四歳。ユールレイン王国の王女。

ラウル=ヴァーミリオン……三十一歳。盗賊。

ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。



「え? ちょっと待って、勇者表示が消えてるよ? しかもなに。魔王の手下? お尋ね者? え? え? あのゲス王弟を殴ったから? あんにゃろー、なんてことしてくれる! 絶対許さない。もう一回会ったら、今度こそ『ピーーーー!』を潰して『ピーーーーーーーー!!』」


 杏奈は何も無い空を見ながら、その後のセリフ全てが自主規制音で掻き消されるほど、罵詈雑言ばりぞうごんを吐き続けた。



 杏奈は街角に立つポリスボックスの前で、怒りのあまり、ワナワナ震えていた。

 ポリスボックスの脇に、掲示板が立っている。

 そこに貼られた指名手配書。


 古くて印刷が消えかけているものが数枚。

 そしてその脇に貼られた真新しい手配書に、杏奈の顔が映っていた。

 ツリ目の悪人顔だ。

 微妙に修正を加えられているのが、また腹が立つ。


 それにしても、さすが魔法大国だ。

 杏奈たちが着く前に、情報伝達魔法で各市町村に指名手配情報を送り込んだのだろう。

 保安官が留守で良かった。

 いたら、速攻捕まっているところだ。


「勇者さま。王女誘拐罪はわたしのことだとして、王族暴行罪って何のことですの?」


 杏奈の怒りをヒシヒシと感じるのか、ソフィがそっと杏奈の顔を覗き込む。

 ソフィは事件当時王宮にいなかったので、杏奈と王弟の間で何が起こったのか知らないのだ。


「……あなたの叔父さん、王弟さんがあまりにひどいセクハラをするから、全力で代償を支払わせてやっただけよ」

「あぁ……なるほど。ふふっ。勇者さまらしいですわ」


 ソフィが苦笑いする。


「にしても、四天王の塔突入の前に、ここで一泊と思っていたのに、こんなんじゃ泊まれやしないじゃない。通報されたら一発アウトよ。どうしたものかしら」


 杏奈は、普段使いしているマントのフードを目深まぶかにかぶった。

 どの程度ごまかせるか分からないが、無いよりはマシだ。


「くっくっくっく。勇者がお尋ね者! こーりゃ傑作だ。あっはっはっはっは!」

「誰?」


 不意に笑い声が聞こえた。

 気配を一切感じなかった。

 敵だったらやられている。


 杏奈は、素早く左手を振って、スリングショットをセットした。

 笑い声のした方を振り返りながら、そちらにスリングショットを向ける。

 ソフィも真似て、聖杖ロッドを同じ方向に向ける。


「おっとっと。勘弁してくれや、お姉ちゃんたち」


 建物の陰から、両手を降参の形に上げながら、一人の男が出てくる。


「あなた……」


 それは、かつて杏奈の財布をスった盗賊、『ラウル=ヴァーミリオン』だった。



 杏奈は運ばれてきた水を飲みながら、店内をじっくり観察した。

 客は、見ただけでガラの悪い連中と分かる。

 なるほど、盗賊ラウルに案内された店だけあって、筋者すじもので大賑わいだ。


 杏奈、ソフィ、ラウルの三人は、入り口から一番遠い席に陣取った。

 ここなら、万が一保安官に踏み込まれても、入り口の連中と揉み合っている間に裏口から逃げることも出来る。


「ひとまず礼を言わせてもらうわ。ありがとう、ラウル。で? どういうつもりなの?」

「どういうつもりも何も、この前の礼だよ。助けてもらったろ? 盗賊ラウルは、受けた恩は必ず返す。それだけだ。とりあえず、ここを抜けるまでの手引はしてやる。あとは好きにすればいい。それでチャラだ」

「……分かった、ここは、あなたを信じましょう。そうと決まれば、何か食べるわよ、ソフィ」


 杏奈はラウルを信じることにしたが、ソフィは依然として油断していない。

 いつでも魔法を撃てるように、杖を離そうとしない。

 ラウルはそれを横目で見て、大げさにため息をついてみせる。


「お姫さんの警戒は解けんようだし、居心地が悪いので、オレはそろそろ行くぜ。二階に宿を取ってあるから、飯を済ませたらそこで休むがいい。何かあったらまた来る。じゃあな」


 杏奈は食堂を去るラウルを横目で見送った。

 ソフィがようやく杖から手を離す。


「勇者さま、あの男、信じていいんですの? わたしたちを保安官に売り飛ばしたりしませんか?」


 杏奈はウェイトレスの置いていった串盛りに手をつける。


「わたしもそれ程親しいわけじゃないけど、ここは信じるしかないでしょ。何かあったら、ソフィの魔法で蹴散らしてくれる?」

「はい! 勇者さま!!」


 杏奈に頼られるのが嬉しいのか、ソフィは満面の笑顔で頷いた。



 深夜。

 日付けも代わり、すっかり町が寝静まった頃、月明かりの下、騎士の集団が移動していた。

 月明かりが反射するのを恐れてか、鎧が真っ黒に染められている。


 騎士たちは、杏奈の宿泊している宿に押し入った。

 音を立てぬよう、静かに移動し、杏奈の泊まっている部屋の前まで来る。

 そっと部屋のカギを開け、部屋に侵入する。

 杏奈、ソフィ、二人とも、ぐっすり寝入っているようだ。

 二床あるベッドが、両方とも膨らんでいる。


 騎士たちが目配せを交わし、二床のベッド両方に、剣を突き立てた。

 灯りがつく。

 騎士の一人がシーツをぐ。

 だが、そこには丸まった毛布があるだけだ。


「ちっ。まだ遠くへは行っていないはずだ。探せ!」


 隊長格の命令一下、騎士たちが散っていく。

 下っ端兵が、隊長に耳打ちする。


「なに? 殿下がこちらに向かってる? そうか、どうしてもご自身でケリをつけたいのか。……殿下が着いたら呼べ。それまで、オレも捜索に加わる」

「はっ!」


 隊長は部下を置いて、部屋を出た。

 果たして、杏奈とソフィはどこに消えたのか……。



 カンカンカンカン……。


 足音が反響する。

 暗闇の中、ランタンが三個、東方面に向かって進んでいた。


 臭いがひどい。

 鼻が曲がりそうだ。

 が、足は止めない。

 一歩でも先に進まなくては。


「しっかし、よくこんな逃走ルートを知っていたわね。流石だわ、ラウル」


 杏奈が口を開く。

 先頭がラウル、最後尾が杏奈で、ソフィを間に挟んでの行軍だ。

 三人は、ラウルの案内で下水道を歩いていた。


「まぁな。にしても見たか? あの黒い鎧。紋章を外してやがる。ってことは、バレたらまずい軍ってことだ。正規軍じゃない」

「叔父……ですか?」

「だろうな。トキサカ、あんたどんだけ王弟を怒らせたんだよ。完全にる気じゃねーか」

「わたしのせいじゃないわよ。あいつが勝手に、逆恨みしてるだけよ」

「そうかもしれねーが、ケンカは相手を選んでやらなくっちゃ」


 杏奈は暗闇の中、ため息をついた。

 そうこうする内に、三人は、広い空間に出た。

 下水処理施設だ。


「ここを越えれば、町を抜けられる。もう少しだ」


 ラウルの声に、ホっとする。

 だが。


「待っていたぞ、勇者よ!」


 一斉に灯りがつく。

 杏奈たちの前に、黒鎧の集団が待ち受けていた。

 そして、その中央に立つ太った人物。

 王弟ゼールだ。


 三人が構える。


「叔父さま、わたしはさらわれてなどいません。自分の意志でここにいます。それに、聞く限り、勇者さまに無体むたいを働いたのは叔父さまの方らしいじゃないですか。そでにされたからって勇者さまを責めるのは、筋違いでしょう?」


 ソフィの声に、ゼールが一瞬、キョトンとする。

 次の瞬間、大爆笑する。


「お前は、ぼくがそんなことの為に、わざわざここまで追いかけて来たと思っているのか? まったく、馬鹿な姪だ。ちなみにな、ソフィよ。殺しの対象は、勇者だけじゃない。お前もだ」

「え? なんで?」


 叔父による殺人予告を受け、ソフィの顔色が変わる。


「それはな……こういうことだ!」


 みるみる内に、ゼールの身体が大きく膨らんでいく。

 松明に照らされて、影が後ろに大きく伸びる。


 五メートルはありそうな巨大な身体。

 肌は緑色に染まり、身体はブクブクに太り、粘液でぬらぬら光る。


 変化が起きたのは、ゼールだけでは無かった。

 ゼールのそばに控える騎士たちの姿も、着ていた黒の鎧ごと、魔物の身体へと変じていく。


「魔王さまと契約し、この体を手に入れた! 勇者を殺したら、ユールレインを蹂躙じゅうりんして良いとの仰せだ。ぼくは姉王が嫌いだった。お前ら、姉の子供が嫌いだった。ユールレインという国そのものが、大嫌いだった! お前たちを見ているだけで、劣等感にさいなまれてたまらない。ここで勇者ともども殺して、ユールレイン征服の狼煙のろしとしよう!」


 グォォォッォォォォッォォォォオ!!


 魔物と化した王弟ゼールが、雄叫びをあげる。

 空気が震える。


「王族でありながら、その誇りを忘れるとは! 恥を知りなさい!」


 ソフィが叫ぶ。

 よわい十四の少女が激怒の表情を浮かべる。

 ソフィが聖杖ロッドを構えた。

 聖杖が光る。


 と、ソフィの周囲に光の球がいくつも現れた。

 十個は、あるだろうか。


「シャイニングレイ!!」


 ソフィの叫びと同時に、聖杖の先端と、ソフィの周囲に浮いている光球から、ゼール目掛けて一斉に光線が飛ぶ。


 ヒュン!

 ドッカーーーーーーン!!


 光線はゼールに直撃し、大爆発を引き起こした。

 周りにいた元騎士のモンスターたちも爆発に巻き込まれる。


 ドガガガガガガガガガガ!!


 地震でも起きているかのように、下水道が激しく震える。


 煙がモウモウと立ち込める。

 次の瞬間、煙の中からソフィに向かって、緑色の腕が伸びた。

 杏奈がソフィに飛びついて、間一髪、攻撃を避ける。


 ラウルがゼールに向かってダガーを何本も投げるも、ことごとく弾かれる。

 上級魔族と化したゼールの皮膚は、人の力程度では傷一つつかないようだ。


 煙が晴れると、魔物に変じたゼールの左腕が吹っ飛んでいた。

 だが、傷口が激しくうごめいている。

 今にも再生が始まりそうだ。


 ゼールが息を吸い込む。

 巨大火焔弾が来る!


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 おぞましさゆえか、ソフィが絶叫しながら、再びゼールに向かって聖杖を構えた。

 浮いていた光球が瞬時にソフィの前に移動する。

 杖を中心に、光球が高速回転を始める。


「シャイニングレイ・マキシマム!!!!」


 杖から出た光と光球から出た光が合体収束し、直径二メートルもの極大光線となって、ゼールに向かって飛んだ。

 光線は驚愕きょうがくの表情を浮かべるゼールを飲み込み、辺りを真っ白に染めた。

 のみならず、その勢いは止まること無く、遥か前方の壁にぶつかり、大爆発した。


 煙が晴れたとき、木っ端微塵に吹き飛んだのか、そこにゼールの姿は無かった。



 杏奈たち一行が町の外れに着くと、そこには、パルフェが二羽たたずんでいた。

 黄色いパルフェとピンクのパルフェだ。


 特に繋がれた様子も無いのに、逃げ出す素振り一つ見せない。

 余程訓練されているのだろう。

 そして、黄色い方の上で、小竜が眠っている。


 近づく者の匂いに気づいたか、小竜が鼻をヒクヒクさせ、目を開ける。

 途端に、歓喜の表情が浮かぶ。


「良かった。無事地下道を抜けられたんだね。って、臭い……」


 小竜、ヴァンが鼻をしかめる。

 ソフィの起こした大爆発で、下水を頭から大量にかぶったせいだ。


「ごめんなさい、ヴァンちゃん」


 ソフィがしおらしく謝る。


「それじゃ、そろそろオレは行くぜ。これで借りは返したぞ、トキサカ。達者でな」


 ラウルが町へと戻って行く。


「ありがと、ラウル。あなたのお陰で助かったわ!」


 杏奈は去りゆくラウルの背中に声を掛けたが、ラウルは右手を軽く上げただけで、振り返ることなく、去って行った。


「じゃ、先に進みましょうか」

「はい!」


 杏奈はピーちゃんに騎乗しながら、ソフィに声を掛けた。

 ソフィも自身のパルフェ、『フレーズ』にまたがる。


「杏奈、まずは湯浴み場を目指すべきだと思うな、ボク」


 下水の臭いが相当キツいのか、ピーちゃんの背中に乗ったヴァンが顔をしかめながら、杏奈を振り返る。

 それを見て杏奈が笑う。


 二羽のパルフェは再び並走し、東を目指した。

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