第19話 時坂杏奈とワルダラット城攻防戦
【登場人物】
ジン=レイ……二十四歳。ユーレリア神教ワルダラット支部所属の
ピーちゃん……巨大ヒヨコ。パルフェという、馬に並ぶポピュラーな乗り物。
「飲み友……まぁ結果的にはね。あれで味をしめてなければいいけど」
杏奈は何も無い空を見ながら、ため息をついた。
「お主が勇者か……」
「……勇者っぽくないって言いたげね」
「いや、そんなことは無いが、どうもこう、思ったタイプと違ったからな。あらかじめ情報が来ているとはいえ、これは……」
玉座に座って杏奈に向かって話し掛けてくるのは、ワルダラット王だ。
ヒゲ
指揮官をしながら、自身も前線で戦うタイプに見える。
そんな筋肉の塊のような王の隣に、まだ、十歳にも満たないであろう、か細い美少年が立っている。
額のサークレットを見るに、これが王子か。
可愛い。
父親とまるでタイプが違うのは、この少年が母親似だからなのだろう。
だが、なにか影のようなものを背負っているような気がする。
戦士系の父親と異なり、ひ弱な自分を気にしているからだろうか。
そんな王子ではあるが、五百年に一度の勇者出現にそれなりに興奮しているようで、王の肩越しに、興味津々といった様子で杏奈を観察している。
王たちの周囲はといえば、歴戦の勇士の雰囲気を醸し出す騎士たちが大勢立っている。
だが、騎士たちの表情は、あからさまにガッカリ一色だ。
「陛下。杏奈殿は、パッと見、戦力にならなそうな小さな女性ですが、間違いなく勇者です。わたしなどより、よほどお強いです」
「だがなぁ、神務官ジン=レイよ。お主の強さはわしも知っておる。年一回のお披露目会でお主の腕前は見せて貰っておるからな。しかし、若手神官の中で一番の実力を持つお主より強いなどと、とてもではないが、信じられるものではない」
「面倒くさい。腕を証明すればいいんでしょ? ちょっとそれ貸して」
杏奈は壁際に控えていたメイドから、持っていたお盆を奪って構える。
「さ、かかってきなさいよ」
「お嬢さん、我々は騎士だ。女性相手に振るう剣など持って……がっ!」
杏奈がフリスビーのように放ったお盆が、杏奈をなだめようとした騎士のこめかみに当たる。
騎士が、その場に崩れ落ちる。
杏奈は、飛んで戻ってくるお盆を受け取ろうと、無用で華麗なステップを踏みつつ、右手を前に出した。
カランカランカラーーン。
お盆は、杏奈の横を通り過ぎ、後ろの床に落ちた。
「……と、とにかく、腕が見たいって言うなら実戦してやるわよ」
杏奈はイソイソとお盆を拾い、再び構えた。
騎士たちが顔を見合わせる。
「女性がそんな風に騎士を挑発してはいけな……ぐがっ!」
「我々は民を守る騎士なの……くっ!」
「戦うべき対象と守るべき対象をしっかりと……うっ!」
騎士が何人もその場に倒れ込む。
杏奈が再び放ったお盆が、騎士たちの間をすり抜け、杏奈の元に戻ってくる。
キャッチ。
今度は無事キャッチ出来た。
杏奈の顔が、とたんにドヤ顔になる。
それにしても、ブーメランでも無いのに、どんな当たり方をすれば真っ直ぐ杏奈の手元に戻ってくるのか。
「そこまでだ! もう十分だ。お主が魔法とも違う、我々の理解し得ぬ力を持っていることを理解した。お主が勇者であることに、
「分かればいいのよ、分かれば」
杏奈は、遠巻きに眺める騎士たちに向かって、胸を反ってみせた。
「この部屋は長らく使われていなかった。五百年間、誰も入っていない。かくいうわたしも、入るのは初めてだ」
杏奈は塔に連れて行かれた。
ワルダラット城から何本も伸びる塔の内の一つだ。
王と杏奈の後を、王子と重臣たちがゾロゾロついてくる。
着いたのは、塔のてっぺんの部屋だ。
扉を前に、王が何やら呪文を唱える。
木製扉の表面に光が走り、複雑な紋様が出来上がり……扉が開いた。
「本当は、メイドを連れてきて掃除をお願いしたいところだが、無関係な者を入れるわけにはいかなくてな。おそらく
王が杏奈の方に振り返って、苦笑いしてみせる。
その表情が微かに
明るい。
そのまま、昼の明るさだ。
杏奈は天井を見上げた。
水晶で作られた屋根のせいで、外の光が入ってきている。
入ってすぐ、部屋の窓を開ける。
風が入ってくる。
五百年閉じていたわりには、あまり埃っぽさは感じない。
部屋はそれほど大きくは無かった。
塔だけあって、直径、十メートルほどの円形の部屋だ。
その真中に、一本の巨大な木をそのまま切って作ったと
だが、本来は円形であったのだろうが、芯を抜いたパイナップルのように、真ん中が直径、二メートルほどくり抜かれている。
その空いた真ん中のスペースを埋めるかのように、幾何学的に木の枝を絡み合わせたディスプレイスタンドが床から伸びている。
そしてその上に、直径、十五センチほどの透明な球体が置いてあった。
杏奈には、見た瞬間、それが何なのか分かった。
見知った感覚の、聖なる気が漂っている。
「これ、
主だった重臣たちに混じって席についた杏奈は、王に問いかけた。
「さすが勇者、分かりますか」
「まぁね。ユーレリア特有の神気を感じるもの」
「なんと! 勇者殿は、女神さまにお会いしたことがあるのか」
「結構会ってる……かな? ほら、なにせ勇者だし」
場がざわめく。
あまり世俗的なことを言うと、女神の株が下がるかもしれない。
飲み友達などとは決して言えない。
「そんなことより、この部屋を使ったのは、五百年ぶりなのね? その間、誰も入らなかったの?」
「王家に伝わる特殊な開封魔法があって、王位に就いたとき、初めて先代王より教えてもらえる。だから、そこにいる我が息子、ショーンもまだ知らん。知っているのはわたしだけだ。そして、勇者が現れたときだけ、この部屋を使うことが許されるのだ」
「ちょっと待って。ってことは、今がまさに、魔族にとって、千載一遇の
何を言っているのか。
そんな表情の重臣たちの視線が、一斉に杏奈に注がれる。
次の瞬間。
「ガァァァァァァ!」
獣のような雄叫びと共に、部屋の中に暴風が吹き荒れた。
部屋にいた全員が、壁際に吹っ飛ばされる。
皆の視線が部屋の中央、声の主に集まる。
奇声の主は、王子だった。
護聖球を抱えている。
その目が血走っている。
表情が尋常で無い。
王子は護聖球を頭上高く持ち上げ……床面に叩きつけた。
「やめろ、ショーン!」
王の叫びも虚しく、護聖球は砕け散った。
『ぐっはっはっは! さすが魔王様だ。まんまと勇者を出し抜かれた。これで今代の
杏奈は無言でスリングショットを王子に向けた。
だが、いつものように即時発射はしない。
何か、いつもと違うことをしようとしているのか、呼吸を整えている。
「いけません、杏奈さん!」
同席していたジン=レイが叫ぶ。
「わたしを……信じろぉぉぉぉお!」
シュート!
杏奈の放った鉄球は、王子の胸に当たると、王子をそこに残したまま、王子の中にいた魔族のみ吹っ飛ばし、壁に縫いつけた。
王子がその場に崩れ落ちる。
「ショーン、おお、ショーン!」
王が王子を抱き抱える。
どうやら、怪我を負った様子は無い。
程なく目覚めるだろう。
反面、王子に取り憑いていた魔族の方はというと、その一撃に激しい怒りの気が込められたからか、壁に縫いつけられたまま、見る間に塵となって消えた。
怒号が聞こえる。
かなり騒がしい。
皆、我に返り、一斉に窓に近寄った。
開けた窓から、階下の音が入ってくる。
困惑する声。
怒声。
激しい剣戟の音。
下で何かが起こっている。
窓際に寄って下を覗き込むと、魔族の大群が押し寄せていた。
「あらかじめ、近くに兵力を潜ませていたか。大臣、ショーンを頼む。将軍、騎士団長、ついてこい!」
「は!」
王が家臣をゾロゾロ連れて、
杏奈は空中回廊で立ち止まった。
ここからなら聞こえるはず。
「ピーーーーーー!」
指笛が遠くまで響き渡る。
待つ。
待つ。
待つ。
……。
「だぁぁ! 全然来ないじゃないのよ!」
杏奈がその場で地団駄を踏む。
「何やってるんですか、杏奈さん」
空中回廊の外、下からパルフェが二羽、上がってくる。
白のパルフェに乗ったジン=レイが、黄色のパルフェの手綱を握っている。
二羽とも、無事、回廊に着陸する。
言うまでもなく、黄色いパルフェは杏奈の愛鳥『ピーちゃん』だ。
つぶらな瞳をしている。
並んでみると、白いパルフェの方が、いくぶん理知的に見える。
というより、ピーちゃんが間抜けに見える。
気のせいだろうか。
「行くんでしょう? 東の四天王の塔へ」
「よく分かったわね」
「そりゃ、勇者の一番の子分ですから」
「そうね、ここはワルダラット王に任せましょ。東の塔からほとんどの魔族がこちらに来ているわ。ということは、逆に向こうの塔は手薄のはず。攻め込むわよ!」
「はい。では、いきましょう!」
杏奈とジンは、各々のパルフェに乗り、東の四天王の塔目指して飛んだ。
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