怪異犯罪取締局特別捜査官

赤魂緋鯉

前編

「まさかここを見付けるなンテ、無能な『怪取局カトリ』にしてはやるじゃナイ」


 境界がどこまでも曖昧な白い空間に、いくつもの声が重なった不快な声が響く。


 その中心には、おびただしい数の人体パーツで構成された、屋根が吹き飛んだ様になっている悪趣味なチャペルがあった。


生憎あいにく、俺様は、有能な捜査官、なんでな。残念、だったな、怪異犯12号……」

「へエ、その割には無様な格好じゃナイノ。水卜みうら陽菜ひな捜査官?」

「名前で、呼ぶな。ボケ……」


 最前列の祭壇がある位置に無数の腕で構成された、白髪で飾り付けられたドレスのような拘束衣に、短めボサボサ金髪頭の、水卜、と呼ばれた女性がとらわれている。


 腕は前に回されて、胸部を数珠繋ぎにした手かせに肘の上まで包まれ、身体も同じもので巻きにされ直立した状態でほんの僅かの身動きも取れない。


 不快な声の主は、彼女の目の前でその様子を眺める、頭が満開の花で覆われた桜の木の女性人型怪異だった。


「そんなに大きな態度だケレド、あなたもうすぐ死んじゃうノヨ? 顔色がどんどん悪くなってイルワ」

「お前がやってんだろうが。このクソ木人め……」


 その装置からは指の形をした根っこが伸びていて、水卜の内股うちももにその先が突き刺さっていて彼女の血をジワジワと吸い上げていた。


「ふ――」

「気持ち良いデショ? 本来は痛くない様に配慮シテあるノヨ」

「……蚊かなにかかテメーは」


 しかもその根からは、痛覚をマヒさせるなどの作用のある成分が注入されている。


「安心シテ? 一番気持ちイイところで逝っちゃうカラ」


 加虐的な色を含んだノイズの様な笑い声を上げ、水卜の顎をクイッと持ち上げた。


「コレが無ければ、あなタはか弱い人の子なノネ。本当にかわイイ」


 桜の怪異は、銃身をひん曲げた『ピースメーカーリボルバー』を見せ、さらにケタケタとノイズを発する。





 少し前。


 水卜は夜桜の花見客が一瞬のうちに姿を消した、という警察からの報告を受け、同居する相棒と共に非番だった彼女は、一番距離が近いという理由で派遣された。


「まったく……。ユウリのヤツはどこほっつき歩いてんだ」


 その相棒は携帯電話を忘れて外出していて、帰るまで待っている暇はなく、


「あー、水卜着いたーっと」

「ちゃんと言いたまえ水卜捜査官」

「伝わりゃいいだろ。うっせえな課長は」

三田村みたむら特捜官は?」

「あー、ユウリは後で来るって。じゃ」


 ショートパンツとティーシャツといった部屋着にスポーツ用の上着を羽織って、単独で郊外にある山腹の公園へとやってきた。


 規制線を潜ってしばらく登ったところに、穴場の花見会場となっている広場はあった。


 桜色の提灯ちょうちんでライトアップされた会場は、不発弾発見のカバーストーリーで警官すらいなかった。


「どこに売ってんだこれ……」


 グリップの所に藤三つどもえの彫り紋章がちりばめられた『ピースメーカー』を抜きつつ、花見客が置いて行った食べかけの『もふもふ雲グミ』を見やってぼやく。


「おい、ユウリ。なんか変な所ねえか?」


 羨ましそうに口をへの字に曲げつつ、水卜はいつもの様に相棒へ呼びかけ、


「……いねえんだったな」


 だいたい後ろにいるはずの彼女が不在だったことを思い出した。


 ポリポリと頭をいた水卜は、


 しゃーねえ。後攻で行くしかねえか……。


 心底面倒くさそうにため息を吐いて、会場をしらみつぶしにうろつく。


「いい加減出てこいよ全く……」


 数分間あちこち探し回ったが、全く怪異の気配も感じずトイレで用を足してから、再び辺りを調べて回っていると、


 ん? スマホ?


 何故かカメラの部分だけ残った、三角形の切れ端を広場の隅で見付けた水卜は、しゃがみ込んで不自然に切り取られたそれを見つめる。


 そこは小さな鳥居がついた祠の前にある草むらで、そこに生えているイネ科のやや葉が長い植物のせいでそれが見えなくなっていた。


「ユウリ。カメ――」


 またいつものクセで後ろに手を伸ばした水卜は、誰もいないかムスッとした顔で回りを見渡した。


「まあ、コイツでいいか……」


 カメラを持っていなかったため、仕方なく携帯電話のカメラで代用してシャッターを押した瞬間、


「あ?」


 水卜は上も下も分からない白い空間に瞬間移動していた。


「なーるほど?」


 立ち上がって辺りを見回すと、少し離れたところに胴体が半分になったトカゲが落ちていた。


 酔った勢いで自撮りしていたヤツのが切り取られたのか。


「圏外だよなあ。そりゃ」


 とりあえず連絡、と思ったが当然の様に電波は圏外だった。


 ここの主をぶっ殺すしかねえか。


 水卜の対怪異においての武器は、『ピースメーカー』と核透視能力だけだ。


 前者は怪異を殺す事しかできない最終手段のため、逮捕・封印・奉祀が基本の捜査官には使い勝手が非常に悪い。


 特定怪異犯じゃねえといいが……。待っときゃよかったぜ。


 すでに怪異の腹の中にいる様なもののため、後悔しながらも仕方なく銃を構え、真後ろに建っている禍々しい教会のようなものへ向かった。


「こんにちハ。今日は大漁ネェ」

「『怪取局カトリ』だー、大人しくしろー」


 そこにいたのは桜の木の様な例の怪異で、


「大人しクするノはあなタよゥ」


 何の脈絡もなく、大量の爪で出来た花びらが水卜に際限なく降りかかった。


 げえ、特定怪異犯12号じゃねーか。あー、死んだなこれ……。


 耳障りなノイズの様な笑い声を聴かされながら、水卜は花びらから吹き出す妖気に当てられ、それに埋もれていきながら意識を失った。


 ややあって。


「おはよウ。すごく綺麗ニしておいたワヨ」


 目が覚めた水卜の目の前に、眼球を平らにしたものを集めた姿見があり、


「お前の美的センスおかしいぞ」


 件の醜悪で不気味な拘束衣でドレスアップされた彼女の様子を写していた。


「こんなことして、ただでガァ――ッ」

「アラ、ごめんナサイ。痛くナクするの忘れていたワ」

「か、は……」


 姿見の横にいた桜の怪異に、つばを吐きかける様に言った水卜の内股に、木の根が容赦なく突き刺さった。


「あレ? どこに伸ばせばいいノカ忘れちゃっタワ」

「う――、ぐああああッ」

「こっチ? 違うわコッチ?」

「がァ――ッ」


 その激痛にもがき苦しむ水卜を見ながら、静脈までわざと根を迷走させて伸ばしつつ、桜の怪異は再びノイズの笑い声を発する。

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