ニャンハンドレッド・アンド・ニャン・ニャンニャン

ViVi

あるいは半時も放置したラーメンのごとく

「これで、196本……。あと3匹……」


 刈谷かりやマオは、猫を探していた。

 猫などそこら中にいるものだが、しかし、しめて百と一匹もの猫を探すとなると、なかなかどうして容易ではない。


 憔悴、または焦燥をたたえた表情は、余裕のなさを無言のうちに語っている。

 彼女――マオが焦っている理由は、単純だ。

 期限があるのだ。


   🐈  🐈  🐈  🐈


 ことは、数ヶ月前にさかのぼる。

 当時、あまりにも多くの仕事(マオは革細工職人として生計を立てている)をかかえてしまった彼女は、納期をぶっちぎるわけにもいかず、を打った。

 いや、

 猫の手を。


 “猫の手も借りたい”などという慣用句があるように、猫は労働力の派遣ビジネスを営んでいる。

 マオは、そのサービスを利用した。

 派遣猫は優秀だ。

 あらゆる仕事を、きっちり仕上げてくれる。

 一部の商工ギルドなどには、「猫と和解せよ」という警句すらあるほどに。


 しかし、問題もある。

 それはあくまで「借りる」だけなのだ。

 借りたものは、返さなければならない。

 道徳ではなく(マオは道徳には頓着しない)、契約として。

 さきほどは「派遣ビジネス」と表現したが、より正確に実態をふまえるなら、それは貸付ビジネスに近かった。


   🐈  🐈  🐈  🐈


 それから時は経って、現在。

 数ヶ月のあいだに、利子はふくれにふくれていた。

 破裂寸前の風船のごとく。

 あるいは半時も放置したラーメンのごとく。

 借りた猫の手はたったの数本だったが、膨張した利子を加味すると、返納しなければならない手は、いまや、二百とんで二本にもなっていた。


 期限は明朝。そこをすぎると、さらに利子が増えて、いよいよ手に終えなくなってしまう。

 いや、それならばまだいい(よくはない)。

 もう、いいかげん、強引な取り立てにあってもおかしくないのだ。なんとか明日で決着させなければ。


 そうして集めた猫の手が、196本。

 あと6本――あと3匹。


 ここら一体の猫は、すでに狩り尽くした。

 街の隅から隅まで、徹底して猫の手を狩った(狩りまくった)結果として、あと6本のところまではきているが……その“あと6本”が、足りない。

 もう、猫はいない。


 ――いや。


 気づいた。


 危機感のない猫がまだいたのか、はたまた狩られた同胞の報復か――二匹つれだって、仲がよさそうにしているあたり、前者だろうか――いやいや、猫の事情などどうでもいい。

 ともかく、マオの鋭い(猫の爪よりも鋭い)感性が、あらたな猫の気配を捉えていた。


 そこからの行動は早かった。

 速かった。

 もはや、猫の行動パターンは、個体差によるバリエーションから乱数によるブレまで、およそ把握しきっている。


 移動経路を予測し、先回り。

 猫の警戒がゆるんだ隙に、接近。

 そうなってしまえば、あとは、狩るだけ。


 九十八の撃墜数は伊達ではない。あっさりと星をふたつ増やし、百の大台に乗った。

 手で数えるなら、二百の大台だ。

 実績のひとつでも解除されたかもしれない。


   🐈  🐈  🐈  🐈


 あと、たった一匹。

 されど、あと一匹。


 ひと仕事終えた直後だというのに、晴れない表情で、マオは嘆息する。

 さっきのような幸運は、もうないだろう。

 明け方まで、もう時間もない。

 探すにしろ待ち伏せるにしろ、こうなっては、ほとんど目があるとは思えない。


 だからマオは、次善の策を検討し始めた。

 目はなくとも、はあるかもしれないのだ。


「数えまちがってくれないかなぁ」


 ――たしか、商品かなにかを数えている途中に時間を聞いて、カウントをズラさせる古典があったはずだ。あれを応用できないものか。


 別のプランもあった。


「200本からすこしずつパーツを集めて、201本目と202本目をつくれないかなぁ」


 ――これも、有名なトリックだ。つまり、勝算がある。


 だが、しかし、失敗したとき――というかバレたときに、言い逃れがしづらい。

 その場で利子が増えるか、最悪、強制取り立てに遭ってしまいかねない……それはまずい。


「――そうだ!」


   🐈  🐈  🐈  🐈


 ひらめいたマオは、入念に準備をしてから、猫派遣の担当者に連絡をとった。

 むろん、返済をするためだ。


 集めた手をかかえて、担当猫に見せる。

 その数しめて三桁ともなれば、さきほどマオが画策したとおり、数えるのも一苦労だ。

 担当猫は、時間をかけて、けれども正確に、一本々々、数えていった。

 数えまちがいを期待するプランを採用していたら、マオは失敗していただろう。

 しかし――マオが選んだプランにとっては、この状況こそが好都合!


 マオは、空気をわずかも揺らさず、担当猫の背後に回り込んでいた。

 百の経験値は伊達ではない。

 実績も解除されているのだ。

 だからそのまま、最後まで音のひとつもなく、それでいて素早く――担当猫を、狩った。


「ひゃく――いっぴきめ! 202本!!!!」


   🐈  🐈  🐈  🐈


 こうして、刈谷マオは返済を終えた。

 もっとも、かなりぎりぎりのラインだったのはまちがいない。

 あとすこしマオの手際が悪ければ、あるいはひらめきが足りなければ、アウトだったろう。

 無事に返せたのは、ちょっとした奇跡のようなものだ。


 商工ギルドには、猫に関して、もうひとつ警句がある。


 ――

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