招き猫とて招けぬモノも

熊坂藤茉

気付いて掴んで引き寄せるのも結構難しいモノらしい

 今日も今日とて鳥が鳴く。閑古鳥かんこどりという鳥が鳴く。つまみ細工小物店『千鳥ちどり屋』は、本日も絶賛

開店お暇中である。

「お客来ないねー……」

 昔ながらの作りの店舗だ。店主の私は店と地続きになっている控え室兼居間で、炬燵の天板にぽてりと実を預けている。いやー、人来ないから出来る所業ですよこれは。多分三件向こうの駄菓子屋のばーちゃんも同じ事してるわ。

「来ねえな。おいカゴに蜜柑ねえぞ箱開けていいのかコレ」

 炬燵の向かい側にやって来たのは金髪の少年。首元に鈴の付いたチョーカー――に見えるが実際首輪だ――が特徴的な彼。

「いいけど、よその付喪神様はそんなに食べ物むしゃむしゃしないって聞いたよ? うちのエンゲル係数爆上げしてるの君なんだけど」

「個性だ個性。人間だってめっちゃ喰う奴とそうじゃねーのいるだろ。あー、やっぱここの銘柄美味うめえわ」

 そう言いながら勝手知ったるなんとやらで蜜柑を貪る彼。――かくしてその実態は、金色の招き猫。その付喪神だ。


 この街は、日本有数の付喪神発生率を誇っているらしい。らしい、というのはそもそも付喪神様はそこに〝ある〟ので、私達街の人間からしてみれば「いや付喪神様が存在するのは当たり前だろう?」という感覚が強い。

 お外の人達が観光スポット扱いする程度には変わってるって自覚はあるんだけどねー……街の外で付喪神様が姿を現さないわけでもないから、ホントにちょっと多いくらいなんだろうけども。

 そんな愉快な付喪神様方。元の姿のままに分体を作って動く、元の姿そのもので動く、ヒトガタの分体を作って動くといくつかパターンが見られるのだが、うちのは最後の奴だったようで、蜜柑食べたさに人の姿でうろつきまくっている。被造物とはいえ猫モチーフがそんなに蜜柑好きでいいんだろうか。


「君が姿現すようになって何年くらいだっけ」

「あー……先代が小さい頃からだったから、少なくとも四半世紀は超えたか? 相当昔から棚にいたから、歳なんてよく分かんねえわ」

 むっしゃむっしゃと目減りしていく蜜柑越しに彼を見つめて問い掛けてみれば、そんな風に返される。

「うーん典型的人ならざるモノ目線」

「付喪神だからな。で、それがどうしたよ」

「いやほら、閑古鳥具合が凄いじゃん? 他の収入でどうにかやれてるとはいえ、お店開けるのもコストが嵩むから、いっそ畳むのも視野に」

「は!?」

 更なる蜜柑を手にしようとした彼が、掴んだそれをぽろりと落とした。思ったよりもショックだったらしい。この招き猫が好物を取り落とすなんて――招き猫?


「……と思ったんだけど」

「うん?」

「…………」

「…………」


 じい、と値踏みするような視線を送った自覚はある。だがコレは死活問題なのでつまり私は悪くない。


「唐突ですが何の付喪神様かの申告をお願いします」

「金の両手挙げ招き猫」

「はいそれだお前のパワーを今すぐ使え!」

「招き猫でホントに招けると思ってんのかテメーッ!」


 ガタンと身を乗り出す私と気圧され後ずさった彼。よし、勢いはこっちにある。このままごり押しし通してやる!


 とまあ意気込んだモノの、その後喧々諤々と一時間の応酬の末。


「寧ろこういう時に使わんと何の為の招き猫じゃこちとらリアルにゃんこの手を借りてでも打開したいんじゃー!」


 半泣きでそう叫んだ私に、とうとう軍配が上がったのであった。

「……分かった。そこまで言うなら分かった。でもな、やってみてどういう結果になっても文句だけは言うなよ? フリじゃないからな?」

「おうよ! どうせ駄目で元々、失敗したとこでこれ以上悪くなりようがないからね!」

「お前よくそれで店主やれてたな……」

「正直不動産収入がなかったら詰んでたと思う」

 ここら一帯、代々うちで管理してる土地なんだよね。登記とか契約もちゃんと定期的に確認してるので、役場の人と話す時にめちゃめちゃ感謝されるのであった。


「む…………」


 店の玄関口の方を向き、神妙な顔で正座をすると、くい、くいと両の手で手招きをしていく。ゆっくりと、ゆっくりと、けれども何かを掴んで引き寄せているかのように。



「――あ、小物屋さんだ。こんな所にあったんだ」

「ホントだ、ちょっと見てみよっか。すいませーん、今って入っても大丈夫ですかー?」

「ハイありがとうございます喜んでー!」


 来たじゃん! JK二名様来たじゃん! 私が接客対応に入った後も、彼はくいくいと店の奥で手を動かしてくれている。そして比例するように客足がぽつぽつと、でもじわじわと増え――増えて――――


「……女子多すぎない?」

 そう、女子しか来ないのだ。いや客層的には正しいんだけど、びっくするくらい彼女へのプレゼントを探しに来た男の子とかカップルなんかが来てくれない。何らかの意図を感じちゃうんだが。

「ノークレームっつっただろ」

「クレームちゃうちゃう。純粋な疑問。何、モテたかったの?」

「は!?」

 バッ、とこちらを向く金ぴか招き猫少年。ほんのり頬が染まっているが、おや図星?

「……否定はしない」

 図星であった。

「おーおー、私じゃご不満ですかい」

「お前ホントそういうとこだぞ。まあ、本命にモテてないんだから意味ないけどな。とはいえ極端な方向に力が働いたのは、うん、不可抗力って事で」

 なんと贅沢な、本命以外は要らないと。でもまあ恋ってそういうもんだよな-。付喪神も恋とかするのかー。

「難儀だねえ。でもまあ今日はありがとうね、ご苦労様ですお猫様」

「……マジでそうな。本当に」


「では明日以降もこの調子で」

「お前この流れで継続頼むのはないだろう!?」

「うるせえ招き猫の手は借り倒すもんじゃー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

招き猫とて招けぬモノも 熊坂藤茉 @tohma_k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説