猫の手を借りる

碓氷果実

猫の手を借りる

「ほんとに短い、大したことない話なんですけど……」

 Oさんはそう言うが、これまで怖い話を集めてきた経験上、本人がそう思っている話ほど不可解で不気味な話であることが多い。

 果たして、Oさんの話もどうにも腑に落ちない、嫌なの残る話だった。



「高一の時、学園祭の準備をしていたんです。うちのクラスは定番のお化け屋敷だったんですけど、みんな張り切っちゃって結構大掛かりなものを作ってたんですよね。だから前日はもう準備にてんてこまいで。わたしは仲良しの女子五人で、お化け屋敷の外観……教室の外側ですね。そこの装飾をしてました」

 廃校の教室という設定で、掲示板などはそのまま活かしつつ、ガムテープや絵の具を使って経年劣化を表現し破れた掲示物を貼って――となかなか手の込んだことをしていたそうだ。

「とにかく忙しくって、誰かが、もう猫の手も借りたいよ! って言ったんです。そしたら」

 五人グループのひとり、Rさんが言った。


 ――わたし、借りてくるよ!


「そのまま、Rは廊下を走って行っちゃったんです。もともとムードメーカーというか、明るくて笑いを取るのが好きな子で。その時もぴょんっ、とねるように立ち上がって、片手を上げて元気に宣言したあとすぐに走り出したって感じだったので、いつもの冗談かなって他のみんなと笑ってたんです。別のクラスから応援を呼んできてくれるのか、もしかしたら野良猫を抱きかかえてくるかもしれないねなんて言いながら」

 だが、Rさんはなかなか帰ってこない。

「三十分くらい経ったのかな。さすがに遅いし、ただでさえ作業が詰まってるのに一人抜けたから、みんなもちょっとイライラしはじめてたんですが、そこでやっとRが戻ってきたんです」

 Oさんは当時を思い出すように視線を左上に向けた。

「おまたせー! って、いつもどおりの元気な声がして。遅いよって怒ろうとしてそっちを見たら」


 Rさんは、両手いっぱいになにかを抱えていた。


「まさか……猫の、手じゃないですよね」

 僕は思わず口を挟んでしまった。

「いえ、さすがにそれはないです。毛が生えてる感じではなくて……灰色の、ぬめっとした大きなかたまりに見えました」

 それはRさんの胴回りよりはるかに大きく、両腕をめいっぱい使ってやっと持てているようだった。表面はなめらかではなく、凹凸があった。

「で、さすがにわたしたちもぽかんとしてしまって。なにそれ、って言いながらよくよく見てみたらそれ……粘土でした。それに、塊に見えたけど、実際は手のひらより小さいサイズものが、大量にあったみたいなんです」

 抱えているうちにくっついて塊になってしまったのか。

「そのひとつひとつは、大きい丸に小さい丸を三つくっつけたような形で……」

 言いながらOさんはペーパーナプキンを取り、絵を描いてくれた。ちょうど、あの有名なネズミのキャラクターのシルエットに耳が一つ多いような格好だ。

「猫の手……に見えなくもないんですけど、大きさもまちまちだし形もいびつだし、言われなければ到底そうは見えなかったです。こっちも混乱しちゃって、これどうしたの、粘土なんて美術室から持ってきたのとか色々聞いたんですけど」


 ――猫の手だよぉ

 ――借りてきたんだよぉ


 Rさんはそう繰り返すばかりだったという。



「……その後、Rさんはどうなったんですか?」

「しばらくその状態が続いたんですが、急にへたり込んでしまって。意識はあったんですがどうにも様子がおかしいので、保健室に連れていきました。親御さんが迎えに来たんだったと思います。学園祭当日は、Rは来ませんでした」

 でも次の週からは普通に登校してきましたよ、とOさんはあっさり言った。

「え、そうなんですか」

「はい、もう、全くいつもどおりで」

「その、猫の手……の話は?」

「それが、あんまりにもいつもどおりなので、わたしたちもなんとなく切り出せなくて……結局その話はせず、卒業まで変わらず五人で仲良くしてました」

「じゃあ、猫にまつわる因縁とかはないんですか?」

「それも全然心当たりがなくて。Rと猫の話なんてしたこともなかったし、当然飼ってもいないですし。お化け屋敷の内容も、学校で自殺した生徒が云々ってやつで、猫の要素なんかなかったですし」

 全く因果因縁のわからない、不可解な現象――。

 僕がううむとうなっていると、ただ、とOさんが呟いた。

「Rを保健室に連れて行く時、あの子の爪の間にびっしり粘土が詰まってるのに気付いちゃったんですよね。だからあれ、借りたって言ってたけどRが全部自分でこねたんだと思うんです」



 その時の友人とは、現在は全員疎遠そえんになってしまっているという。

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