Author:Fuminori Nishikawa

ChristmasEve

第1話 学級日誌係

 2年5組。昭和の時代であれば、1クラスの人数が50名なんてよくあるのだろうが、少子高齢化の昨今に1クラス50名なんて嘘おっしゃいというところ。生徒の髪色も、黒から茶にそのほか色々、授業中に後ろの席から見ているとクラクラしてくる。学級日誌の感想・反省欄に適当なことを書き終わって、伝達事項の欄にペンを移す。


「提出物、あったっけ」

「『頭髪・服装検査』提出物じゃないけど」


 真美はそう言ってリュックを背負う。両手でノートの束を抱えている。教科係の仕事でノートの提出に行くらしい。一般的なクラスだから、提出していない呑気な輩も数人いるが、そいつらは自業自得で、係の人間が気に病んでやる必要はない。そんなお節介をすると、全員の提出が遅れ、理不尽に係が叱られたりして、良いことがまるでない。


「提出物(自分)ってか」


 真美は、器用に足だけで教室の扉をスライドさせ廊下に出ると、教室に対して後ろ向きのまま、


「ノーサンキューだね」


 独特な語彙で言う。平凡な僕からすると、彼女はかなりの変人だと感じる。


「あー、床屋いかないと引っかかるなこれ」


 入学からの約2年間で得た頭髪検査用セーフ&アウトの物差しでもって髪を弄り憂鬱になる。土日の空いた時間にでも散髪に行けば良かったのだろうけど、期末テストというイベントの為に普段は誠実に接することもない勉強という行為に取り組んでいた。

『問一 次の文章は何という表現方法を用いた文章か答えなさい。』これは現代文、休日の終盤に朦朧としながら英文『Bad things can happen in life.~』をGoogle翻訳に遠慮なしに放り込んだりして、身にならない非効率な疑惑だらけの勉強をしていた。

 どれか1つの教科に専念すれば学年1位を取れなくもない。むしろ現代人の特技であるマルチタスクを扱えない自分であるから、その方がテストの結果が良い方向に傾くと思う。しかし僕は、忍耐という言葉が嫌いだ。つまり、1つの教科に留まり続けることが苦痛だ。待て、と言われてその場でずっと待ち続けることが出来ない男で、限度は15分くらい、友人が待ち合わせに遅刻してきたときなんかは帰ってしまうほどだ。(真美は、こんな僕の特性を良く理解している為、待ち合わせ時間10分前に到着した僕に対して「文則くん、君さ、友人を20分も待たせるなんて酷い奴だよ。待ち合わせ時間の30分前に来ているくらいが常識ってもんじゃないかな、次から心がけるように」などと、普段は時間にルーズなくせして僕との約束があると何事も先にスタンバイして僕を弄るのだ。健気な変人といったところか)

 僕が学級日誌の感想・反省欄に書いた文章に難癖をつけてくるのは、もちろん彼女だ。帰りの準備を済ませたリュックを背負ってふらりと僕の席までやって来ると、彼女なりの合格ラインに達していれば僕は肩をポンと叩かれるだけで済む。こんな係を選んだばっかりに、ある程度は彼女の意向に沿う文面をこさえなくてはならず、頭を捻る必要を強いられる。こんなことをしているよりも他にすることがあるだろうに。「骨折り損」とはこのことだろうか。


「他の係が良かったなぁ」

「そんなにめんどくさい?」


 両手にノートを抱えたまま真美は振り返った。一番上には出席番号1番、つまりは相沢真美本人のノートがあるのだろう。提出には行かないのだろうか。


「そこまでじゃないけど……」


 真美は高く積まれたノートの一番上にある自らのノートに顎を乗せて、


「嫌いじゃないよ。文則の書いた学級日誌」

「いつも同じことを書いてるだけだよ」


 明確に設定されたノルマはないし、彼女が抱える提出物とは違って、やらなくても致命的なダメージは誰も負わない。1年の頃に係をやっていた奴の感想・反省欄などは、「きょうもたのしかったまる」なんてふざけたものばかりだったが。そんなんだから今年度はふざけないだろう無難な奴(僕)になったわけだ。


「味があるんだよね」

「日誌というか日記になりつつあるけど」

「それでいいんだよ。辞書で調べたって日記と日誌はほぼほぼ同義だし」


 学級日誌を閉じて日誌の表面を見る、


「『学級日記』でも良いわけだ。なんか重みがないけど」

「『重み』って責任感みたいな?」

「学級全体のものから、個人のものになったようなニュアンスを感じない?」

「はてさて? 私は言葉遊びが不得手だから共感は難しい」


 嘘つけ、そう心の中で愚痴る。


「なんだろ、校長先生の話と理事長先生の話とではなんか、ほら、後者は背筋ピーンとした方が良い気するでしょ?」

「理事長は経営責任者だから、そりゃね」

「よく御存じで、何が不得手だよ。そもそも日記と日誌の違いを辞書で調べてる時点で僕より一歩先の言語世界に存在しているよ」


 真美は、呆れた様子でそっぽを向いてノートのタワーを抱え直す。


「厄介な男だなぁ。もう、文則と私の言語レベルの差はどうだっていいよ。それより、『学級日誌』書き終わった?」


「あぁ、うん」と生返事をして、僕の書いた学級日誌に一定の評価をよこす同級生に疑問を投げる、「日誌の内容に好き嫌いとか生まれるものかな、こんなの余程いい加減な奴を除けばテンプレートみたいなもんでしょ」


「じゃあ、自分で改めて読み返してみなよ。っていうか気づかないもんかねぇ」

「気づかない、って?」

「日誌の概念の理解というか、文章量の異常性というか、わざとなのかマジなのか、まぁ頭はおかしいね。土佐日記とか徒然草みたいな文学的価値があるかも」

「はぁ」

「まぁまぁ、帰宅部の責務を全うする前に、放課後を読書の時間に当ててみたら? 自分が書いている日誌が、どんなものなのか改めて振り返ろう」


 可愛そうな子どもを見るような目で真美は言った。


「帰宅部じゃないし、囲碁・将棋部だし。は? 読書って、学級日誌を読み返せって? やだよそんな、めんどくさい」

「幽霊だろーが、そもそも活動日なんて週2日とかで今日ないでしょ、っていうかぶっちゃけ暇でしょ」

「ほぼ事実だけど、なんで自分で書いた日誌を……っていうかノート出しにいけよ」


「さっき行ったのに先生いないんだもん。直接渡さないとうるさいし。いいじゃん、名誉帰宅部みたいなもんでしょ」真美はそう言い切ると、再びノートを抱え直し廊下へ振り返る。


「先生捕まえたらまた戻ってくるから、しっかり熟読してなよ。教室使う人、いないはずだから。勝手に帰るなよ、帰宅確認次第にスタ連してやるから。今の内に、ペンネームとか考えてみるのもありかもね、作家先生」


 吾輩は西川文則である。筆名ペンネームは一生無い。

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