第20話、焼肉

「お嬢様、焼けました。こちら、オークのロースでございます」

「ありがとう、セバスチャン」

「「…………」」


 網で焼いたオーク肉を、セバスチャンさんがトングで取り、皿に盛ってアピア令嬢に出す……ここ、平民の焼肉店だぞ。水色のドレスを着た令嬢が、自前のナイフとフォークで焼肉を丁寧に切り分け、口に運ぶ姿はなんだか違和感しか感じられない。

 俺とレイは、普通に焼いて食べていた。

 俺も貴族としてのマナーは心得ているが、剣の先生に「貴族のマナーもだけど、平民のマナーも身に付けておけ」って言われたからな。平民の言葉遣いは槍の先生に教わった。投げナイフの先生は渋い顔していたけど。

 すると、アピア令嬢が俺、レイを見た。


「……はっ!? そそ、そういえばお名前を伺っていませんでした!! す、すみません……お肉の香りについ」

「あはははは!! まぁ、その気持ちわかるわ。ね、アピアって呼んでいい?」

「はい!! ふふ、私、同世代のお友達は初めてです」

「あたしも。若い女で高位冒険者だと、あんまりよく思われないからねー? あ、あたしはレイ。よろしくね」

「はい、レイさま」

「様はいらなーい」

「では……レイ」

「ん、なにアピア? ふふふ」

「うふふ」


 なんだこの空間は……俺、いない方がいい?

 平民の焼き肉屋(いちおう個室)で、貴族令嬢とB級冒険者、そして俺という組み合わせ。

 アピア令嬢は俺を見た。


「あの、あなたのお名前、よろしいですか?」

「はい。私はリュウキと申します。マーキュリー侯爵令嬢」

「アピアで構いません。それと、お友達のように接してくれれば……」

「……わかった」

「…………」

「……あの、何か?」


 アピア令じょ……アピアは、俺をジーッと見て首を傾げる。

 そして、ポンと手を叩いた。


「思い出しました。あなた、ドラグレード公爵家のリュウキ様ですね? 以前、ハイゼン王国主催のパーティーで、お見かけしたことがあります」

「!!」

「へ? リュウキが、貴族?」

「はい。ハイゼン王国には『神童』がいると聞きました。まさか」

「すみません。その話は……」


 俺はアピアの言葉を遮る。

 アピアは首を傾げたが、レイは何かを察したのか話題を変えた。


「ところでさ、アピアは何してたの? 散歩?」

「ええ。少し、試験勉強の息抜きをしていまして……お散歩をしていたら、リュウキさんとレイが試験についてのお話をしていたので……その、ちょっと気になっちゃいまして。そうしたら、ガラの悪い方々に」

「あーなるほどねぇ。ね、アピアは貴族なんでしょ?」

「ええ」

「入学試験って、平民とか貴族とか関係ある? なんかこう……優遇とか」

「おい、失礼だろ」

「ふふ、構いませんよ。それと……聖王国魔法学園は、完全な実力主義ですので。貴族だから優遇されるということはありません。昔、公爵の御父上を持つご子息が試験を受け不合格になったこともあるそうです。当然、公爵は抗議をしましたが一蹴され……経緯は不明ですが、爵位を失う事態になったこともあるそうです」

「「怖っ……」」

「ですが……学園内ではやはり、貴族と平民の方々で軋轢はあるそうです」


 アピアは少し悲しそうだ。

 レイは続けて聞く。


「じゃあさ、冒険者の生徒とかいる?」

「ええ。平民の入学希望の七割ほどの方が冒険者だそうですよ。学園内に冒険者ギルドもあるそうです」

「マジ? わお、なんか楽しそう」

「ふふ……その、レイ」

「ん?」

「試験に合格して、入学できたら……その、私も冒険者になりたいです」

「お、いいわね。じゃあ、あたしがいろいろ教えてあげる」

「はい!」

「でも、冒険者は強くないとダメよ? アピア、戦えるの?」


 と───ここで、黙って離れた距離にいたセバスチャンさんがお茶を運んできた。そして、絶妙のタイミングでレイに応える。


「アピアお嬢様は『ユニークスキル』を所持しております。さらに、魔導銃の扱いに関して、この国に敵う者はおりません」

「やだ、セバスチャン……恥ずかしいわ」

「申し訳ございません」


 それだけ言い、下がっていく。

 ああ、自分じゃ言いにくいだろうから代わりに言ったのか。

 魔導銃……確か、魔力で弾を撃つ武器だったかな。


「魔導銃かぁ。あれ、けっこう高価なんだよね」


 そういえば、イザベラも持ってた気がする。クソどうでもいいが。

 お茶を飲み欲すと、いい感じにお腹がいっぱいになった。


「さーて、そろそろ出よっか」

「はい」

「ああ」


 個室を出て、会計をするためにカウンターへ向かう。

 カウンターへは店内を横切って進まなくちゃいけない。店内は広く、大勢が焼肉を楽しんでいた……今さらだけど、焼肉の空気がすごい。

 アピア、ドレスに焼肉の匂いとか。


「全員、動くんじゃねぇ!!」


 と、いきなり入口のドアが蹴破られ、武器を持った覆面たちが十人ほど雪崩れ込んできた。

 いきなりのことで驚いていると、覆面の一人が言う。


「金を出せ!! 出せば命は助けてやる!!」


 覆面たちは、たった今話題に出た『魔導銃』を持っている。

 長い形状……あれは、ショットガンタイプと呼ばれる魔導銃だ。散弾という小さな弾をばら撒く、集団戦に特化した魔導銃、だったっけ。

 レイは言う。


「チッ……おっきい町にはこんな連中も出るのね。しかも、銃……接近戦がメインのあたしじゃ分が悪い」

「……俺なら」


 闘気を纏えば、弾丸くらい弾けるだろう。

 痛いだろうけど仕方ない。


「俺が突っ込む。レイ、続いて「あらあら……仕方ありませんわね」……え?」


 なんと、アピアが前に出た。

 客たちは財布を必死になって出そうとしているのに対し、明らかな貴族令嬢が無防備に前に出た。当然だが……覆面たちは、アピアに銃を向けた。


「なんだテメェ……ん? お前、貴族か?」

「はい。アピアと申します」

「くははは!! こりゃラッキーだぜ。テメェを人質にとればガッポリ儲けられそうだ!!」

「セバスチャン」

「はい、お嬢様」


 セバスチャン。そうか、この人の速さなら───……って。

 セバスチャンは、俺の隣でただ立っていた。


「あ、あの……」

「お嬢様の邪魔をするな、という意味でございます」

「は?」


 何を言ってるんだ? 

 すると、アピアが微笑む。


「一つ、教えておきます───……銃は、脅すものではなく、撃つ道具ですよ?」

「はぁ───……?」


 と───アピアのスカートがふわりと持ち上がる。

 真っ白な足が見えた。見えちゃいけない物まで見えそうになったが……下着ではなく、パンツを履いていた。

 さらに、両足の太腿に巻かれているのはベルト。そして……銃。

 アピアは両手で片手魔導銃を掴むと一気に抜き、連射した。


「「「「「へっ?」」」」」


 弾丸は正確に飛び、覆面たちの持つ魔導銃にブチ当たり弾き飛ばす。

 そして、アピアに近づいていた覆面の顔面に魔導銃を突きつけた。

 この間、わずか1秒。

 アピアは笑顔を浮かべ、覆面に聞いた。


「撃っていいですか?」

「…………マイリマシタ」


 覆面はソロソロ両手を上げ、観念した。


 ◇◇◇◇◇


 覆面たちは兵士に連れて行かれた。

 店から感謝され、次回は焼肉食べ放題となった……って、そんなことはどうでもいい。

 近くに公園があったので場所を変えると、レイは言う。


「あんた、マジで強かったわ……ほんと、驚いた」

「俺も驚いた……アピア、すごい」

「ふふ。ありがとうございます」


 すると、セバスチャンがアピアに言う。


「お嬢様。そろそろ……」

「ああ、もう帰る時間なのね……わかったわ」

 

 アピアは、ドレスのスカートを持ち上げ礼をする。


「リュウキさん、レイ。今日はここで失礼します。次は入学試験でお会いしましょう……では」


 アピアは日傘を差し、セバスチャンと去っていった。

 残された俺とレイは顔を見合わせる。


「ね、最近の貴族ってあんな感じなの?」

「……いろいろ習い事は多いけど、あそこまでは」

「……なんだか、試験が楽しみになってきたわ」


 俺とレイは、宿に戻って勉強をすることにした。

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