第10話、これから

 ジャコブは逮捕された。

 余罪が多くあったようで、一生鉱山での強制労働の刑らしい。

 冒険者ギルドに戻ると、ロイの両親が遺品を取りに来ていた。

 僕を見るなり、目に涙を浮かべて向かって来る。


「きみが、息子の最後を看取り、仇を討ってくれたリュウキくん、だね」

「……はい」

「本当に、ありがとう……息子も、浮かばれる」

「…………」


 僕は、何ていえばいいのかわからなかった。

 確かに、仇は討った。でも……ロイはもう、いない。

 ロイの母親が、僕に言う。


「息子は、どこに埋葬したの?」

「ゴブリンの住処だった、村の近くの森です……すみません、一人じゃどうしようもなくて、あそこに埋めるしかありませんでした」

「いや、いい。あとは私たちの役目だ。本当に、ありがとう」


 そして、父親が懐から大きな袋を取り、僕の手に乗せた。


「せめてもの気持ちだ。受け取ってくれ」

「いりません……僕は、何もできなかったんです。もらう資格なんて、ない」

「それを言うなら、私たちもだ。あの子が冒険者になると言ったのに、まともに聞きもしなかった……失って初めて後悔している。だから、これは償いなんだ。受け取ってほしい」

「…………」


 僕は、金貨が大量に詰まった袋を受け取った。

 お金が手に入ったのに、全く嬉しくなかった。


「ずいぶんとボロボロね。よかったら、うちの商会に来てくれない? 冒険者に必要な物、見繕ってあげるわ」

「…………」

「お願い。息子にしてあげられなかったこと、あなたにしてあげたいの」


 母親が僕の手を取り、優しく微笑む。


「……ぅ」


 僕は、涙が止まらなかった。

 悲しくて、胸に何かが混み上がり……止まらなかった。

 僕は、ロイの母親に優しく頭を撫でられ、しばらく泣き続けた。


 ◇◇◇◇◇


 ロイの実家こと総合商店にやってきた。

 ここは、普通の道具から魔道具、各種アイテムに装備品の販売。素材の買い取りなどを行っている。

 ロイの兄ことルイが、店の案内をしてくれる。


「冒険者なら、魔導バッグは必須だ。魔力によって拡張する袋でね、与えた魔力量に応じてレベルが上がる。さらに、魔力を与えた人にしか開けられないから鍵もいらない。それと着替えだね。装備品は? 武器は何を使う? 冒険者なら魔力回復薬にポーションは必須だ。この国じゃないところに行くなら旅の装備も必要だね」

「あ、あの」


 なかなか喋るのが早く、付いていくのに必死だ。

 店の従業員が僕の身体のサイズを測り、冒険者らしい装いの服を何着か用意してくれた。さらに生活用品や野営用の道具もだ。

 ルイさんは僕に聞く。


「ところで、武器は何を使う?」

「武器……一番得意だったのは剣です」

「剣ね。そうだな……このミスリル製の剣をあげよう」

「え!? み、ミスリルって高いんじゃ」

「……ロイに贈るつもりだった。きみが使ってくれるとありがたい」

「……わかりました」


 ミスリル製の剣を腰に下げる。

 ミスリル。魔力を送ることでキレ味など変わる剣だ。


「あとは……リュウキくん。このバッグに魔力を流してくれ」

「あ、はい。えーっと……」


 闘気でも大丈夫かな……念のため、少しだけ。


「ん?……お、おおお!? すごいぞ、一気に十段階まで拡張した!! いやはや、とんでもない魔力だな!!」

「は、はい」


 ルイさんがバッグを見て驚いている。

 そこに、旅の道具を大量に詰め込んでいた。

 準備が終わり、新しい服と装備に着替えた。

 お茶を出してくれたので飲んでいると……思い出した。


「あの、ルイさん。ここって買い取りとかもしてるんですよね」

「ああ。何か持っているのかい?」

「はい。これ、なんですけど」


 見せたのは、エンシェントドラゴンの牙。

 一番小さな牙を見せる。ルイさんは「どれどれ」と言って掴み、小さなルーペで覗き込む。


「───………え」

「あの、どうです?」

「……………………」


 そして、ガタガタ震え出した。

 震える手で牙をテーブルに置き、そのままダッシュでトイレに駆け込んでしまう。

 戻ってきたのは五分後だった。


「す、すまない。ちょっと現実を直視できず嘔吐してた」

「は、はぁ……」

「ふぅぅぅぅぅぅ……すまん、手が震える。あの、リュウキくん……これ、どこで?」

「龍の森、近くの平原です……」


 なんとなく、龍の森とは言えなかった。

 ルイさんは、震える声で言う。


「どど、ドラゴンの牙だね。うん。うん……これ、国宝レベルの大きさだよ? 普通、ドラゴンの爪の先っちょとかでも、白金貨五千枚とかで取引される。これ、完全な牙。やばい」


 最後はカタコトだった。

 エンシェントドラゴンは「売れば金になる」とか言ってたけど、相当にヤバい。


「すまない。これ、買い取れない……というか、買い取れる国は存在しない。ドラゴンの牙って、それほど貴重な品なんだ。ほんの一センチの大きさでも、削って飲めば万病の霊薬になるし、金属に混ぜれば絶対に折れない無敵の剣になるし、魔法屋に持って行けばレア魔法を生成してもらえるし」

「……レア魔法」


 またよくわからない言葉が出た。

 とりあえず、僕は提案する。


「じゃあ、牙を一センチだけ買ってくれませんか?」

「無理無理。この店まるごと渡しても釣り合わない」

「お願いします。俺、路銀が欲しいんです。言い値で一センチ売りますので」

「路銀って、やっぱり旅に?」

「はい。中央諸国へ行って、勉強と鍛錬をしたいんです」

「修行と鍛錬? ああ、中央最大の聖王国クロスガルドへ行くのかい? あそこの聖王国魔法学園なら、文武両道鍛えられるし、冒険者とって最高の学び舎だね」

「…………」


 最高の情報だった。それこそ、牙をまるごと上げてもいいような。


「……本当に、言い値でいいのかい?」

「はい」

「わかった。じゃあ……白金貨二百枚で買う。すまん、これ以上は出せない」

「そ、そんなにですか!? あ、ありがとうございます!!」

「い、いや……これ、出すところに出せば遊んで暮らせるけど」

「いえ、遊ぶつもりはいまのところないので」

「……ははは」


 冒険者カードに、白金貨一枚分のお金が入金された。

 残りはバッグに入れておく。大金を全部カードに入れておくと、無くした時に無一文になるからだ。


「ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこっちだよ……ほんとうに、ドラゴンの牙が手に入るなんて」


 こうして、旅支度は整った。

 向かうは、中央諸国にある『聖王国クロスガルド』だ。

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