山頂決戦(中)

 持国は、バスウが放った強烈な衝撃波に巻き込まれ、そのまま頂上の外まで運ばれそうになった。

 だが山頂のへりの寸前で、とっさに円錐状の岩に幅広の剣を両手で突き刺し、その後は岩にしがみついて、なんとか耐えた。

 彼の漆黒の甲冑は、衝撃波のうねりで切り裂かれた小さなきずが、たくさんできていた。


 持国は、体勢を立て直し、急ぎバスウのもとへ駆け寄る。


 しかし、小高い場所の周りには、既にいくつもの《魔》が仙人を守るように陣取っていた。


 妖光肉塊ようこうにくかい――体中のひび割れた皮膚から鮮紅色の光が漏れている肉のかたまり。のそのそとしか動かないが、点滅する光で幻惑し、見る者をしだいに狂気の世界に連れてゆく。


 持国の動きが止まった。

 その怪しげな鮮紅色の光の中に踏み込んでいく気にはなれなかった。まるで脳の中をぐちゃぐちゃにかき乱されるような、嫌な心持ちのする光の点滅だった。

 ――こやつらを見続けるのは、危険すぎる。

 飛び込むよりも、ある程度離れたところから、何らかの法力で遠隔攻撃し、駆逐するべきだった。


 彼は頂上全体を見渡して、遠隔攻撃する場所を探した。

 そこで持国は、従者の危機に気づいた。

 援護しなければならない。彼は妖光肉塊ようこうにくかいの群れから離れて、左へ向かって走り出す。




 ヤマラージャは苦戦していた。一種三体の《魔》たちに囲まれ、密着されている。


 極乾吸水きょくかんきゅうすい――干からびた蛸のような形をした上半身。しかしながら下半身は水が溜まって、ふくらんでいる。上半身の八本の腕には、歯が生えた吸盤。それが皮膚に食らいつき水分を吸い取り、敵をからからの人形に変える。


 ヤマラージャは、顔はもちろん、両手両足にも《魔》の腕が伸び、鎧と衣の隙間をぬって入り込んだ肌という肌、その全てを極乾吸水きょくかんきゅうすいの歯に食らいつかれ、水分を吸い取られていた。


 突如、そのうちの一体の背中の全面に、空から飛んできた梵字玉が連続的にめり込んだ。細かい梵字が背中全体に浮き上がり、そやつは立ったまま絶命した。


 残りの極乾吸水きょくかんきゅうすいの注意が空に向けられた刹那、ヤマラージャは渾身の力で手に吸い付いてた吸盤を振り払い、剣を捨て、印を結んだ。すぐに手を離す。

 両手それぞれから発出された緑色の光が、二体の《魔》の禿げあがった額に照射された。


 それは相討ちの法力だった。極乾吸水きょくかんきゅうすい二体はヤマラージャから離れた。梵字玉にやられたもう一体の屍は、崩れるように倒れた。

「グググ、ガゴガゴゴ」

「グググ、ガゴガゴゴ」

 極乾吸水きょくかんきゅうすいは、互いに吸い合い、激しく水を交換し合う。そのうちに循環する水が熱を帯び、そやつらの体内に蒸気が溜まって、ついには爆発した。


 頭から雨のように降りそそぐ液体を、ヤマラージャは干からびた唇をいっぱいに開けて飲み、同時に差し出した両手に溜めて、それもまた飲んだ。

 ひょっとしたら《魔》たちの体液が混ざっているかもしれないが、そんなことを気にかけている余裕などなかった。




 バスウは、大法力を使ってもヤマラージャのように眠くなることはない。が、次の大法力を使うまでには時間が掛かる。

 仙人は、いばらの敷物に座ったまま、再び杖を横に倒して瞑想をはじめていた。老人の周りは、点滅する鮮紅色の光であふれている。


 ブオーム!

 突然、鳥人の法輪が空から飛んできた。


 バスウはそれを、目を開けて杖ではらう。法輪は、あっさり消失した。ガンダルヴァの法力では、バスウのそれと差があり過ぎて、とても倒すことはできないのであった。


 仙人は、何事もなかったかのように瞑想に戻った。

 間をおかず、今度は梵字玉が空から降ってきた。


 彼の周りに陣取っている妖光肉塊ようこうにくかいどもが、次々と鳥人の金剛笛から放たれる梵字玉の餌食となり、静かに息絶えてゆく。


 怪しい光が全て消えたところで、老人は目を開け、空に浮かんでいるガンダルヴァを注視した。

 バスウとガンダルヴァは、しばらく地と空で距離を取りながら、互いに見つめ合っていたが、やがて鳥人の方から視線をはずし、羽をはばたかせて、戦場から離脱していった。




(必ず戻ります)ガンダルヴァの思念が、持国に届いた。

 彼は、すぐに上空を見回したが、既に鳥人の姿はなかった。

 ――今は、連絡を取ってる場合ではない。

 彼は眼前の光景に意識を戻した。多くの黒い影のようなものと《魔》が格闘していた。


 頭灯舞踏とうとうぶとう――頭を振り回しながら、燃えるものを見れば火をつけて踊る者。


 持国は、頭灯舞踏とうとうぶとうの群れに乱入した。

 影に当たらないように彼は、《魔》の背後から頭を剣で突いて倒していく。


 ピシャーチャの姿が目に入る。小鬼は、激闘の場からは少し離れたところにいた。火傷だらけになって立ちすくんでいる。分身の法力を使って戦っているのだった。現出させた影の分身が傷つくと、生身もまた傷つくのである。


 突如、大きな岩のかたまりが、空間を滑るようにしてピシャーチャ目がけて飛んできた。バスウの二度目の大法力だった。


 持国は、ぎりぎりかわしたが、何体かの頭灯舞踏とうとうぶとうは大きな岩に当たって宙に舞った。

 ピシャーチャは、その岩を受け止めるように真正面から当たり、張り付いたまま、背後の円錐状の岩に激突して挟まれた。


 大きな岩が音を立ててはがれ、転がると、円錐状の岩のくぼんだ中に小鬼。

「ピシ。つか……れた……よ」

 小鬼はそうつぶやくと、ふらつくことすらできず、円錐状の岩の前に固まったまま倒れた。体のあちこちから出血して、骨格全体がぐしゃぐしゃになっていた。

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