トキトチへのネガイゴト
御法川凩
~ 交換 ~
「ここ?」
小さな男の子の問いに、弟より少しだけ背丈の大きい姉は頷いた。
「前におばあちゃんが教えてくれたところだと思う」
二人の前には、細長く古びた高い鳥居と、人一人通れるほどの道が続いている。
姉は恐る恐る、鳥居をくぐろうとした瞬間、茜色の髪の少女に呼び止められた。
〝何か用?〟
突然に声をかけられて姉はうろたえた。咄嗟に弟は姉の後ろに隠れた。
「用って・・」
両手で抱えている小さな犬を見つめた。
「この子・・ピケっていうんだけど、病気なの。だから・・助けたくて。実は、この森には言い伝えがあってね・・」
少女は、両腕を大きく一振りして側にあった岩に飛び乗った。
「知ってる。この道から森の外へ抜ければたちまち、どんな病もなくなる」
「あなたは誰?」
「トキトチ」
その名をきいて、姉の目は見開いた。
「神様!?」
トキトチはまたふわりと、今度は鳥居の奥へ移動した。
「ピケを助けてください!!」
弟は姉よりも先に叫んだ。
それに続いて姉も頭を下げた。少しの間の後、風が吹いた。
「いいよ。代わりにそれが欲しい」
トキトチが指したものは、祖母からもらった玉虫色のパールのブローチだった。
弟が不安そうに姉の袖の裾を引っ張った。姉は黙ったまま少し考えた。
「わかりました」
それを聞いて、トキトチの瞳は輝いた。
「この道を行き、途中に咲く青い花を九本摘んで、向こう側の鳥居の真下に供えよ」
トキトチの髪が又さらに色を濃くして艶めいた。
森の奥は薄暗く、弟は生唾をゴクリと飲み込んだ。
「陽太、これ、神様にお渡しして」
「大丈夫なの?」
その問いに姉はしっかりと頷いた。弟は、通行料としてのブローチをトキトチに手渡した。
「行こう」
まだ、お昼を過ぎたばかりの太陽の光を森の木々が所々に遮っている。樹木と腐葉土の湿った匂い。
「あった!」
最初に、陽太が一輪草の青い花を見つけた。花びらの先端がとがっていて、重なり合った形をしている。優香はその花がルリタマアザミに似ていると思った。
その後、次々に花は見つかって、陽太は七本目の花を握りしめていた。冷たくなったピケの体を優香は途中で何度もなでた。
「八本!」
これまで順調に見つかったけれど、最後の九本目が探せないでいた。もう、鳥居が見えている。
「見落としたのかも!」
二人は戻りかけたその時、一羽の蝶が優香の目の前を横切った。蝶は輝きながら銀粉を振りまいて、森の奥へと飛んで行く。
「あそこ!」
優香は蝶の方へ指さした。長い雑草が、花をすっぽりと隠している。うっそうとした草の茂みの中を、陽太は走った。
「これでそろった」
それから、言われた通りに、青い花を九本。鳥居の真下へ並べた。すると、たちまちそこら中から、ゴオッーっと音が鳴いて、風が吹き抜けた。
「うわっ」
二人は塵が目に入らぬよう目を閉じ、顔を伏せた。
閉じた瞳を二人が開けたとき、優香の胸元でピケの垂れた耳がピクリと動いた。
「ピケ?」
まるで何事もなかったように頭を上げ、優香の手を忙しそうになめた。
「本当に治ったの?」
二人は嬉しくて交互にピケを抱き上げた。
「さっきのやっぱり神様だったんだね」
優香は茜色の髪色をしたトキトチを思い出していた。
「昔ね、おばあちゃんが子供の頃、飼っていた猫が鳥の罠で大怪我をして、その時、おばあちゃんもおばあちゃんから話を聞いて、神様にお願いしたんだって」
陽太は頭の中で、物心にない祖母と、そのまた祖母の姿を浮かべた。
「その時に大事にしていた髪留めを交換したからって・・・」
陽太の目が輝いた。
「お姉ちゃん、最初から知っていたんだ」
「うん」
優香はトキトチと交換したブローチを思い出した。
ピケを下に下ろしてもう一度振り返ると、不思議なことに、さっきあった鳥居はどこにも見当たらなかった。ただ、クネリとした道が薄暗い森の奥へと続いていた。
トキトチへのネガイゴト 御法川凩 @6-fabula-9
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