猫の手にやられネコの手を借りる

西沢哲也

第1話

ここはとある工事現場、これから建築にとって一つの山場であるコン打ちが始まろうとしていた。


コン打ちはコンクリートを流し込む作業といえば大体の人が想像がつくとは思うが、ただコンクリートを流すということなかれ、段取りから当日どれくらいコンクリートを流し込むかの打ち合わせ、コンクリートミキサー車の手配、鉄筋を組み終われば水平にコンクリートを流し込めるか測定、当日の天候とのにらめっこし、コン打ち当日はコンクリートを水平に流し込むために合図に目を凝らし、面をならし、硬化養生をしてとバタバタとひりつく作業が続く。



さて、ここの現場では今日はコン打ちの作業内容。職長のゲンさんが作業員たちと危険予知活動を始めた。

「よし、今日はコン打ち作業だから、適度なところになったら、合図を出すから必ず従うように、あと、足元十分注意して作業しろよ。じゃあ、今日は足元注意で行くぞ。構えて。 足元はよいか!」

『足元注意ヨシ!』

「今日も安全作業でガンバロー!」

『ガンバロー!』

「ご安全に!」

と威勢のいい声が響いて、それぞれの持ち場につく。


間もなくして、コンクリートミキサー車がやってきて、ポンプとミキサー車がつながると“ドクン・ドクン”と心臓が力強く鼓動をするような音を立てて生コンクリートがポンプを伝って流れていく。


「おーい、これくらいで個々の区画はいいから次も場所いけ~」

とゲンさんが叫ぶと作業員も重いポンプを担ぎ次の場所に向かう。

ほどなくして、いつも打ち合わせで顔を合わせている設備屋の担当者が申し訳なさそうな態度でやってくると

「すいません、ゲンさん…… まだ、コンクリートの中に流す配管一部型枠の中に流していなくて…… 午前中には終わらすんで……」

そのことを聞いた、ゲンさんはカッとなって

「馬鹿野郎! 今日コンクリート流すって言ったじゃねえか設備屋さんよ、まあ、そこの部分は午後流す予定だったから早くやれ!」

「ごめんなさい~ すぐ終わらせます……」

「ったく……」

こんな感じで突然のことも時々あるので現場はギスギスするし、誰もがイライラを募らせていた。


そんなコン打ちの終わり際、

『にゃーん』

とどこからともなく鳴き声が聞こえ、音のなるほうへ目を向けると、茶トラの猫がどこからともなく歩いてきた。

「あーねこちゃんかわいいですね~ どこからやってきたんでしょうかね?」

作業員のタケさんは猫のほうに体を向けて、手を振り始めていた

「タケ! そんなに手を振ったらびっくりしちゃうじゃねえか! あっ、こんな大大声出して悪かったでちゅね。猫ちゃ~ん こっちは危ないから近づいちゃだめでちゅよ~」

突然の来訪者にゲンさんはもうでれでれである。

そんなネコはというと、突然何かを思いついたかのように、ゲンさんのほうをプイって背を向けると、打ちたてのコンクリートへ向かいそのままダッシュを決める。


「あっ……」

ゲンさんが気がつくころにはもう遅い。コンクリートには猫の足跡がくっきりと残っていたのであった。

ゲンさんはその地面を見つめ、

「かわいい猫ちゃんの足跡…… 消したくはないけど……」

タケさんも足跡をみつめて、どうしましょうか?と問いかけると

「そうだな…… 立場としては足跡消さないといけないから、あったって証拠のために、一応監督さんに声掛けに行ってこい…… それとネコもってこい!」

「えっ? 猫ちゃん消えちゃったじゃないですか~」

「いやいや、猫車のことだよ。ぼけとんのか?」

「あっ! そっちですか。もってきやす!」


ネコとは土砂を運ぶ一輪車のことである。名前の由来は狭い場所を猫のように走れるだとか、姿がネコっぽいとか色々あるが、建築ではおなじみの道具である。

それにミキサー車からの余りの補修用の生コンを載せて運んで、また打ち直しをしようとしていた。


ほどなくして、監督さんがやってくる。すぐに写真を撮って何を思ったか、電話をかけ始める。それから少しして、猫車を持ったタケさんが戻ってきて、

「ヨシ、打ち直しするか」と手を付けようとすると

「ちょっと待ってください、ゲンさん」

と監督さんが止める。

「監督さん…… こっちも忙しいですよ? なんで止めるんですか?」

「いや、猫の足跡のことなんですが、お客さまからそのままでいいってお話で」

「えっ? どうして?」

「いや、ちょうど、この建物の中に猫カフェを入れる予定があるらしくて、この位置がちょうどここに足跡があってかわいいと連絡が……」

「そうなのか…… 監督さん、ありがとうな」

監督さんはまた電話をもらったらしく、忙しそうに消えていく。

ゲンさんは再度うっとりとネコの足跡をまじまじと見つめ、

「これが怪我の功名、猫の手を借りた結果か…… かわいい足跡が残ってよかったでちゅね~」

「あの~ゲンさん? このコンクリどうします?」

タケさんの声で、一気に仕事モードに戻った。

「あー捨てるしかないな~」

一回練ったコンクリートは処分するしかないため、一辺倒な回答をすると、さっきは怒鳴られてきたとある人が再び、ゲンさんのもとへやってきて

「あの~ ゲンさん? 配管周りで少し補修箇所がでて、コンクリ使いたいんですけど…… いいですか?」

ゲンさんの顔は怒りの感情が抜けた表情をして、

「また、さっきの設備屋か~ も~しょうがねえな! タケ! ネコ貸すぞ!」

「あいさ~」

タケさんも呼応して、猫車をもって現場へ向かう。


日も傾きだした夕暮れ時

ネコの縁もあって、今日も何とか現場は回ってる。





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猫の手にやられネコの手を借りる 西沢哲也 @hazawanozawawa

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