犬が物言いたげな視線でこちらを見てくる中、猫の手を借りた結果。
或木あんた
第1話 犬飼さんと猫沢さん
「鈴木くん、鈴木くん。どうしたの、難しい顔して」
「犬飼さん。いやね、さっきの実行委員会で決まったんだけど、文化祭の運営のため、クラスの衣装用の布を買い出しに行かなきゃ行けなくなって。でも店とかわかんないから、どうしようかと」
「へー、そうなんだぁー! 私、手芸屋とかなら知ってるよ?」
犬飼さんがキラキラした目でこっちを見てくる。犬飼さんは普段は内向的な印象だけど、感情がすぐ表に出やすくて、素直な人だ。今回も、例に漏れず、めっちゃ誘って欲しそうな感、半端ない。
「まじ? じゃあ、えっと、もしよかったらさ、犬飼さん……」
「え、うん! なにかな?!」
「この後、一緒に……」
「鈴木くーん! 一緒に買い出し行こー!!!」
「!」
教室の入り口から顔を出したのは、隣りのクラスの猫沢さん。天真爛漫でマイペースな人だ。確か同じく文化祭の実行委員で、さっきの話し合いにもいたはずだけど。
「猫沢さん? 急にどうしたんですか?」
「ほーらー、さっき実行委員会で言ってたクラスの買い出し、めんどいから今日行っちゃおうかと思ってー! お店の目星はついてるんだけど、一人じゃ寂しくてヤダからさー、だから……」
猫沢さんは後ろ手を組み、にっこりと微笑みながら、
「わたし、鈴木くんと、一緒に行きたいなー、って」
「……」
「ダメ?」
「いえ、奇遇です。ちょうど俺も、買い出しに付き合ってくれる人を探していたとこでした」
「え!」と声を上げたのは、犬飼さん。反対に猫沢さんは嬉々とした様子で、
「ホント?! じゃあ決まりね!! 放課後、校門のとこで待ってるから! 楽しみにしてるからー!」
手を振って走り去る猫沢さんに、
「ええ!?」と犬飼さんがもう一度声を上げ、
「はい、……よろしくお願いします」
……。
「あ」
見ると、口をへの字にしたまま、涙目でプルプル震えてる犬飼さん。さながら餌の目前で、お預けされた犬のよう。
「えーと、……犬飼さん?」
「ふぁ、ふぁい……」
「えーと。なんというか、その……」
「すん、ずび、すん。……なに?」
「い、犬飼さんも、くる?」
……。
その瞬間、ぱああー、と犬飼さんの顔色が明るくなって。
「――うん!」
全力の肯定。よくわからないけど、めっちゃ行きたかったらしい。しかし。
「……あ! でも部活はいいの? アルティメットフリスビー部って、練習厳しいんじゃなかったっけ?」
「はぅ!!」
再び目をウルウルさせる犬飼さん。こりゃ完全に忘れてたな。
「えっと、……さすがに部活の邪魔をするのは悪いよな……?」
「そそそ、そんなことない……こともない、けど……」
「えっと、……そんなに、目をチワワみたいにされても」
「ううー、だってぇー」
今にも泣きだしそうな様子の犬飼さん。見かねた鈴木は小さいため息をついてから向き直り、
「……やっぱり、今日は部活に行きなよ」
「えッ!?!?」
「俺みたいな帰宅部とは違って、犬飼さんには、もうすぐ大事な大会も控えてることだしさ」
「……そ、そう、だね……」
見るからに顔色が曇り、しゅんとした顔を見せる犬飼さん。しかし鈴木はあえて構わずに言葉を続けた。
「その代わり、と、言ってはなんだけど……」
「?」
「……こ、今週の日曜日とか、暇ッ?」
「……え?」
俯きかけていた犬飼さんの顔が、ゆっくりと持ち上がる。心底不思議そうにこちらを見つめる瞳に、顔を逸らして赤面したのは、鈴木の方だった。
犬が物言いたげな視線でこちらを見てくる中、猫の手を借りた結果。 或木あんた @anntas
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