第40話 繁栄の街



 「鹿を放しましょうか」


とエリオットがパステルナークに尋ねると


「既に我らが辿り着いていることは奴らも承知しているだろう。このままで、この姿のままで進もう」


パステルナークがそう答えると


「承知しました」


とエリオットが答える。


白い鹿が美しい庭園の中のような道を通り中心街へ進むと

数多くの店が並び始め

街は活気に溢れていた。


立派なツノを持つ鹿を二人の人間が乗って歩いて行く様を

街の人々は横目で見ている。


男達は此の国の上等な服を着て、女達は宝石類などで着飾っていた。


不意に小さな男の子が店から飛び出してエリオットに話しかける。


「姉さん、その鹿の毛並みも立派だけど、そのツノも凄いよ、金貨1枚でどうだい?」


エリオットは

少年が飛び出してきた店の方を見る。


店の扉の横では案の定

太った店主がこちらを見ている。


立派な鹿

然し鹿にまたがる女の服は決して豪勢とは言えない

いや、それどころか見窄らしい事この上ない。


旅の途中で金銭も使い果たし

この王都へ辿り着いたと判断したのであろう

安く見られたものだと

エリオットは思う。


神の使いと言われている白い鹿

然もこれだけ立派に枝分かれしたツノを持つものもそうは居ない。


「だめだ、金貨5枚だ」


と少年に伝えると

少年は片手を広げて5本の指を店主に向ける。


店主は一瞬渋い顔をしたが、少年に頷くとエリオットの方を見てニコリと微笑む。


「帰りに寄る。そう店主に伝えると良い」


エリオットの言葉を聞いて、少年は安心した顔を見せ、骨と皮だけになって、それでもお腹だけは大きくなった身体で、店主の方へ小走りに去って行った。


「金貨100枚でも安いのではないか?」


とロルカがエリオットに言うと


「冗談を言っている場合ではない、戦いは既に始まっている」


それはロルカも分かっていた。


此の街の者達は皆

裕福な暮らしをしている。


それは既に妖魔の手に落ちた者達であり

欲望と共にしか生きられない者達である。


いつの世も貧富の差は妖魔達の囁きから始まる。


人は

それに打ち勝てるほど強くはない。

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