第22話 父と母



アラゴンは牧場の門の横で片膝をついている。


いつの間にやって来たのか、子鹿がアラゴンの横に立っている。


向こうから二人の姿が見えて来る。


広い平原の一本道をやって来る二人の姿がはっきりして来る。


一人は朱塗りの鞘に納めた剣を持つ男だ。

もう一人は少女のような女である。


二人に旅の疲れは見れない。


やがて、二人が目と鼻の先まで近づくと、


「アラゴン、元気であったか?」


「パステルナーク様、元気そうとも言い難いお姿で」


アラゴンは、念動力よりも念通力に優れている風の者であった。

二人が牧場に向かってくる気配を感じ取り、一人はエリオット、妖魔大戦での風の者のただ一人の生き残り。もう一人はパステルナーク様、しかしながら姿に違和感がある。そして最後の一人、仲間ではないが風の者と同じ気配を感じる異国の騎士。


「この子鹿は」


とパステルナークが言うと、


「はい、お察しの通り、マヤコフです」


「そうか、立派に育ててくれたものだ」


「私の力ではありません、この子の父と母の力が、この子を育てたのでしょう。ただ、解せぬ所がありますが」


「解せぬ、とは?」


「分かりませんが、念通力以外の何かを感じます。これから育てて行く上で分かって来ると思います」


「そうか、任せる。ところで、この者はロルカと言い、異国の騎士ではあるが、今は風の者と同様の力を備えている」


「エリオットの修行に耐えたと存じますが、其れなら充分でしょう」


エリオットは静かにアラゴンを見つめているだけだ。


「で、私たちが立ち寄った訳を言わずとも分かっていると思うが」


「はい、コクトーとベルレーヌが良いかと」


コクトーはマヤコフの父であり、ベルレーヌは母である。


「済まない、アラゴン」


そう言うとパステルナークは子鹿に話しかける。


「マヤコフ、暫く父と母を借りるぞ。必ずお前の元に返してやるからな」


子鹿はパステルナークの言う言葉が理解できたと示すように、ロルカの方へ歩いて行き、帯刀している側に身を寄せる。


「アラゴン、一晩泊めてくれ」


パステルナークがそう言うと、ロルカが歩き出す。横にはピッタリと子鹿が寄り添うように歩いている。その横にはエリオットがいる。エリオットが子鹿の首を撫でると、子鹿は首を曲げてエリオットの顔を舐める。その動作が何度も繰り返される。まるで幼い姉弟のようである。


そしてその時


ロルカはエリオットの嬉しそうな笑顔を初めて見る

父と母と幸せそうに暮らしていた幼い少女の笑顔を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る