ソクセキメン
吐夢
第1話
「これから、死ぬの?」
と俺が興味本位に聞くと、君は少し目を丸くしてから、微笑みによく似た苦笑いを見せて
「お見通しなんですね」
と何処か悲しげに言う。
俺が君と初めて会ったのは、バイトの面接の日のことだ。俺が面接のことをすっかり忘れていて、カップラーメンにお湯を注いでいたところに、君が「すいません」と肩身狭そうに入ってきたのを覚えている。「ちょっと待って、すぐ食べちゃうから」と不安げな顔をしてキョロキョロとしている君の目の前で、俺はお湯を注いでから一分しか経っていないカップラーメンを啜った。面接中、バイト募集のポスターに持ち物はやる気のみと書いていたからなのか、君は一言一句忘れられない言葉を俺にくれた。
「死ぬほど頑張るので、死んだら褒めてください」
勇気を振り絞って伝えられたその言葉に俺は萎縮して
「コンビニで死ぬのは難しいよ」
なんて笑ったのを今でも後悔している。
君が初出勤した日。一生懸命さは伝わるが、慣れない仕事に苦戦している君のことを考えていたら、カップラーメンにお湯を注いでから五分が経っていた。
君の初給料日。お金の重みを知って欲しくて、手渡し受取システムにしていたのが裏目に出た。
「こんなに受け取れません」
と給料を断わるバイトを俺は初めてお目にかかった。そのため、対応に困惑していたら、カップラーメンにお湯を注いでから十分が経っていた。
後日、君が初給料で買ったお菓子詰め合わせを俺にプレゼントしてくれた。半ば強制的に美味しく二人で食べた。
君が仕事にも職場にも慣れてきたある日。君はよく笑う子だと気づいた。俺の話をずっと笑顔で聞いてくれるので、ついつい夢中で話していたら、カップラーメンにお湯を注いでから二十分が経っていた。
君が迷惑客に怒鳴られた日。慌てて助けに行くと、怯え震えながら対応している君が今にも死にそうに見えた。一通り対応し終わった後で、「大丈夫?」と聞いてみると、「……ありがとうございます」という弱々しい声と共に深々とお辞儀された。そして、そんな君を心配していたら、カップラーメンにお湯を注いでから三十分が経っていた。
猛暑日のある日。君はまだ長袖の制服を身につけている。「暑くないの?」と聞くと、「暑いですよ」とはにかんだ笑顔を見せられた。そのまま君の秘密を探っていたら、カップラーメンにお湯を注いでから四十分が経っていた。
死にたがりの君が初めて自分の話をした日。俺に心を開いてくれたみたいでとても嬉しかった。と同時に、君の心の痛みが俺にも共鳴したみたいでとてもつらかった。君の涙を拭いていたら、カップラーメンにお湯を注いでから五十分が経っていた。
「あーあ、強盗でも来てくれないかな」
とレジカウンターで冗談っぽく呟いた君はきっと心臓いのちを奪われたいんだろう。俺が強盗になって君の心臓ハートを奪ってしまいたい。
君が仕事をやめたいと言った日。俺の頭が途端に回らなくなって、事実を理解するのを拒んだ。君は俺のせいではないと言う。だけれども、やめる理由は一身上の都合と言うだけで詳しくは聞かせてくれなかった。君のことをずっと考えていたら、カップラーメンにお湯を注いでから一時間が経っていた。不味かった。
「最後に一つ、仕事頼んでも良い?」
君の最終出勤日。仕事終わりにサービス残業を頼む俺はどうかしてる。それなのに、「何ですか?」と聞き返す君はまだやる気に満ち溢れていて、これから死ぬ人間とは思えないし思いたくない。
「俺に美味しいカップラーメン作ってくれない?きっかり三分で」
と言うと、不思議そうな顔をしてから「良いですよ」と笑顔で快諾してくれて、カップラーメンにお湯を注いだ。手元には三分アラームのスマホ。
「俺、君と出会ってからきっかり三分のカップラーメンを食べられなくなっちゃってさ」
という話を最初の一分で。
「何か、狂わされた感じ」
不敵な笑みを浮かべて君の反応を伺う。いつも通りの笑顔で聞いてくれていると思いきや、
「迷惑でしたか?」
と直ぐにでも涙が落ちてきそうなほど苦しそうだが、かろうじて笑顔を保っている状態。「ううん、迷惑じゃない」と俺は間髪入れずに否定した。
「寧ろ、君と一緒にいれて楽しかったよ」
という話を次の一分で。
思い出話に花を咲かせて、「楽しかったですね」と言う君はいつも通りの笑顔に戻った。
最後の一分。
「俺は君のことが好きなんだ」
一世一代の告白。俺は君を悩ませてしまったみたいだ。気まずい空気が流れる。
カップラーメンが完成まであと十秒。
「こっち向いてください」
という君に促されて、そのまま唇を重ねた。
───────アラームが鳴る。
「三分、過ぎちゃいますよ?」
とちょっぴり意地悪く言う君に、
俺は即赤面してしまった。
ソクセキメン 吐夢 @strangetom
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